<フィリピン人と船員職業>今や大型船の船長も出現、出稼ぎ労働から脱却の日も近い

山本勝    2022年3月24日(木) 8時20分

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日本の商船隊に乗り込む船員の75%はフィリピン人で、どの国よりもフィリピン人船員の比率が高い。

日本の商船隊に乗り込む船員の75%はフィリピン人で、どの国よりもフィリピン人船員の比率が高い。そこにはフィリピン人船員の適性を引き出し、協働をすすめてきた日本、フィリピン両国企業の努力の歴史がある。経済成長を続けるフィリピンは近未来、出稼ぎ労働者の国からの脱却もありうる。若者にとって挑戦すべき職業への見直しと、良好な両国関係の維持が日比両国の国益にかなう。

フィリピンは世界最大の船員供給国だ。とりわけ日本の商船隊では75%がフィリピン人で、他の海運国とくらべてもその比率が高いことは、すでにこのコラムでとりあげた。彼らがわが国でこのような地位を占めるに至ったのには、いくつかの理由と背景がある。

◆明るく勤勉で英語が話せる

筆者は、日本の海運会社でながらく船員にかかわる仕事に携わってきた。日本の企業として外国人船員を起用するにあたり、近隣アジアの国々の船員事情を調査し、しぼり込んだ国から船員を雇用し観察してきた経験がある。フィリピン人が船員としての適性と、日本企業との親和性に優れているとの結論をえたのがその理由の一つだ。

適性というのは、フィリピン人が英語で教育を受けた国民であること、性格が明るく開放的、そして勤勉であることである。船員の職業は、何カ月もの期間社会と隔絶された船のなかで、同じ仲間と共同で仕事をこなし生活をともにするという特殊な環境がある。また乗組員は複数の国籍を持つ船員で構成されるのが通常で、英語が共通語となる。つまりコミュニケーションギャップがなく、船という特殊環境下で勤勉に働き、生活するのに必要な協調性、順応性をもつことが評価されたのだ。

彼らは日本企業が積極的にフィリピン人船員を起用する以前から、欧米の海運先進国の船に乗り組んできた歴史がある。契約にもとづく不寛容な企業文化もあり、欧米人船長のもとでき厳しい処置や処遇を迫られるケースも多かったと聞く。

日本の海運会社、日本人の船長・乗組員とのつきあいが始まって以来、フィリピン人船員側からの日本の企業と日本人への評価は欧米のそれと大分異なったものだったようだ。つまり歴史、文化は異なるとはいえ、思考、行動は同じアジアの国として通じるものがあり、フィリピンに残る一種の義理人情的な社会構造も、相互理解を容易にするなど、船内での人間関係が良好に保たれる結果になった。

こうしたことは、今から30余年前、フィリピン人船員の起用が本格的に始まるにあたり、筆者が所属する日本の海運会社がフィリピンサイドのパートナーと一緒になって行った、乗組員の意識調査などを通じて理解されてきたことだ。同時に両国間の文化の違いからくる意識のギャップも明らかになり、これを埋めるため、日本、フィリピン両サイドにおいて、異文化理解を尊重する教育を開始し、これは今でも続いている。

日本の海運企業によるフィリピン人起用は、当初は普通船員と呼ばれるライセンスを持たないクラスの船員からはじまり、日本人船員の減少と運航船舶の増大にともなって急速に拡大していった。

◆大型船の船長、機関長も出現

航海士や機関士、船長、機関長というライセンスをもった船舶職員の養成は、日本の企業が教育・訓練施設をフィリピンに整備しつつ進めてきたが、一等航海士・機関士、船長・機関長といういわゆるシニアクラスへのフィリピン人船員の登用はなかなか困難をきわめた。このクラスになると当然一船の責任者として高度の技術と管理能力を問われるが(もちろん報酬も高い)、このクラスへプロモートする前に辞めてしまうケースが相次いだからだ。

責任ある立場よりも、それまで稼いだ金で陸の仕事を探し、家族と一緒に暮らす方を選びたい、というのがその理由だった。

最近では、フィリピンも経済発展を遂げ、働くことについて国民の考え方も変わってきたようだ。また教育や訓練をつうじた両国企業の努力もあって、いまでは大型船の船長、機関長をはじめとして大勢のライセンスオフィサーが立派に育っている。規律があり、管理能力に優れたフィリピン人オフィサーの出現は日本商船隊にとって頼もしい限りだ。

フィリピンは人口の一割が出稼ぎ労働者とされる国で、海外就労者からの外貨収入の約2割は船員からのものという。 船員は海外就労者のなかで報酬も高く、国にとってもフィリピン人にとっても好ましい職業であるのは間違いない。

◆経済安全保障の観点も

一方、フィリピンの経済は、昨年はコロナの影響もあって落ち込んだようだが、近年毎年数パーセントで成長を続けている。国内の経済活動が活発になり、雇用の機会が増大すれば、出稼ぎ労働者の国にも変化がおとずれる時が来る。

船員という職業が、単なる出稼ぎ労働から脱却して、若者にとって挑戦すべきエッセンシャルな職業として見直されることをフィリピンに望みたい。日本の生命線である海上物流を支える船の世界で、日本と深く結びついたフィリピンの存在を、経済安全保障の観点から再認識し、両国の良好な関係の維持に努めることが国益にかなう。

■筆者プロフィール:山本勝

1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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