<コラム>集合住宅4棟が倒壊、死傷者多数=背景に中国社会の「複合的ひずみ」

如月隼人    2016年10月11日(火) 14時50分

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浙江省温州市鹿城区内で5階建て前後の集合住宅4棟が突然、倒壊した。人が居住していた集合住宅が、しかも4棟が同時に倒壊という異常な事態だ。各種報道を総合すると、現代中国社会の「複合的ひずみ」があることが浮かび上がる。

浙江省温州市鹿城区内で10日午前4時ごろ、5階建て前後の集合住宅4棟が突然、倒壊した。生き埋めになった人も多く、警察や消防11日午前1時ごろまでに28人を発見したが、うち22人は死亡が確認された。

人が居住していた集合住宅が、しかも4棟が同時に倒壊という異常な事態だ。各種報道を総合すると背景にはやはり、現代中国社会の「複合的ひずみ」があることが浮かび上がる。

まず、倒壊した集合住宅は「農民が自ら建てたもの」という。現在の中国では、農村部住民が都市住民に比べて大きな格差をつけられていることが深刻な問題になっているが、改革開放政策の初期段階でまず恩恵を受けたのは農業従事者だった。

国に対して一定額の「税」を支払えば、農作物を個人の裁量で売ることができるようになった。資金がたまれば、郷鎮企業などと呼ばれる会社を設立し、さらに大きな富を得ることができるようになった。倒壊した集合住宅が、資金を得た農民が、さらに収入を増やすために建てたことは間違いない。建設時期はどんなに早くとも、1980年代後半であるはずだ。

とすれば、築後30年は経っていない。建物に大きな欠陥があったとみるのが自然だ。問題は、そのような建物が見逃され、これまで放置されていたことだ。

実は、当局も問題を認識していないわけではなかった。鹿城区政府は2013年2月に、現地一帯を再開発する計画を発表している。しかし、住人の立ち退きは遅々として進まなかった。同区政府は15年4月に、市民からの質問への解答として、再開発予定地で「古い建物79棟が、まだ撤去されていない」と表明した。

16年8月にも、温州市政府の公式サイトに、再開発の進みが「遅すぎるのでは」との指摘が寄せられた。鹿城区政府は残った一部建物の撤去問題を「要塞を攻めるようなもの」との形容を用い、解決を急ぐと約束した。

撤去作業が進まなかった理由は明らかだ。建物所有者の反対が強かったからだ。中国では、古くからの住人が再開発に抵抗して、建物に立てこもる事件が多発している。ここで問題になるのが、共産党の現地組織や行政の責任者の「地位問題」だ。

中国に西側諸国と同様の普通選挙は存在しない。共産党や行政責任者の「これからの地位」を決めるのは上部あるいは周囲の評価だ。「古い建物の密集地。危険だ」、「再開発は必要」と判断しても、「立てこもり住人」が出現し、メディアなどに全国的に報じられてしまったのでは、自分の評価が下がる。出世がおぼつかなくなるどころか、現在の地位も危うくなる。そういったことを考えれば、「腫れ物に触る」ような動きしかできなくなる。

温州市の集合住宅倒壊の背後には、現在の中国の、「官」における地位獲得システムの歪みが存在する。1990年代から2010年ごろまでは、経済成長率が最も高く、「暮らしは豊かになりつつある」と、共産党を支持する、少なくとも「共産党の天下」を認めてもよいと考える人が比較的多かった時代に積極的に進めておくべきだった「政治改革」の遅れたツケが露呈した現象の1つともいえる。

倒壊した建物に住んでいた住人は、いわゆる「出稼ぎ」のために農村部から温州市に来ていた人という。改革開放の初期段階で、「富をつかみ損ねた」農村部住民ということになる。再開発により損をする富裕層、地位保全のため政策を進められない当局責任者、自らの肉体だけを資本として何とか「勝ち組」の仲間入りをしたい人。倒壊事故の背景にはやはり、現在の中国に存在する「複合的ひずみ」が、厳然として横たわっている。(10月11日寄稿)

■筆者プロフィール:如月隼人

日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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