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この優しい先生には、いつも気になる点がある。資料写真。
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失礼とは思うが、もし一人一人の先生にレッテルを貼るとすれば、本学科の玉岡先生は「お人好し」になると私は思う。玉岡先生は常にご自分よりも学生のために尽力し、思いやる心を持っていらっしゃる方だからだ。
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大学で日本語学科に入ってから、各種の授業で、いろいろ討論してもわからない日本語の問題点があったら、他の先生方はいつも私たちに「授業の後でみんなを代表して玉岡先生に聞いてください」、「玉岡先生ならきっと分かりやすく説明してくれますから」とおっしゃった。
何回も聞いているうちに、これはそういう決まり文句なのかと疑問に思った。ある時、好奇心を抑えきれず、試しに玉岡先生に文法に関する質問をしてみた。すると、びっくりするほど詳しい説明をいただいた。そのように長いメッセージを目にしたことも初めてだった。
その後、何回も日本語作文のご指導をいただいたため、先生は多くの授業をご担当くださっただけでなく、私にとっては貴重な作文の指導者でもある。先生の真摯な態度に影響を受け、自分の書いたものに責任を持たなければならないと思うようになった。先生は私の文章を批判するのではなく、新たな視点を与え、新しい空気を吹き込んでくださったのだ。
その過程で、書くことへの見方も変わった。書いたものが増えていくという経験は私に自信を与えるよりも、むしろ誤りに対する慎重さを強めることになった。そのおかげで、私はより謙虚で慎重になることができた。
このように、玉岡先生はいつも惜しみなくみんなを助けてくださっており、そのためにご自身の時間を削ることも多い。小規模な日本語学科ではあるが、コロナ禍を経ても学生の数はさほど変わらなかったのに対し、日本人教師は玉岡先生しか残っていなかった。仕事は山積みでも、学生たちの頼みに応じるために無理なさっていることは、みんなにもわかっている。
この優しい先生には、いつも気になる点がある。それは、いつも他人を助けているが、ご自分のことを気にかけていないように見えることだ。過去の私は、他人に迷惑をかけたくないと思いながら、他人を助けることも自分の時間を無駄にすることだと考えていた。しかし、先生の姿を見て、その考えが間違っているのに気づいた。
「恩返しより恩送り」という言葉のように、玉岡先生からの助けが、他人に手を差し伸べる勇気を私に与えてくれた。経験を積むうちに、人の役に立つことから自分の存在を強く認識できるようになった。これにより、一つ一つのことを真剣に取り組むことや、一人一人を助けることの大切さを学んだ。
だが、こんな素晴らしい先生に対して、私は一度その善意を利用して傷つけてしまったことがある。その時、私は自分の未熟さや怠け心を先生のせいにしていた。他の学生が先生のご指導のもとで上達しているのに、自分は日本語を思い通りに口に出すことすらできず、悔しく思っていた。その中で、自分の極端な考えを甘やかし、先生を裏切るような行動をとってしまった。その時の心境から脱出するまで、自分がどんなにひどいことをしたかがわからなかった。その時は、ただ自分の考えに囚われ、自縄自縛に陥っていたのだ。
先生に対して理不尽な言動をとった自分を恥じている。自分のせいなのに、かえって恩師を責める人がどこにいるというのか。今さら「あの時ああすべきではなかった」と言っても何にもならないだろう。だが、先生はまた寛大に手を差し伸べてくださり、その度量の深さに感謝するばかりだ。
日本語を学ぶ前、私は「ありがとう」も「すみません」もこんなに頻繁に言うことはなかった。しかし、今までの先生に対する言葉は、感謝と謝罪のどちらが多いのか分からないほどだ。もしまだ手紙の時代なら、先生へのお詫び状であり感謝状でもあるものに、こう書きたい。「これまでのご指導、本当にありがとうございました。どうか先生もご自身を大切になさってください」。
■原題:私を変えた日本語教師
■執筆者:吉姸(陝西師範大学)
※本文は、第20回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「AI時代の日中交流」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載・編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。
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