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福井県立大学名誉教授で中国社会科学院教授の凌星光氏は「石破茂総理への公開状」と題した文章を発表した。写真は天安門。
福井県立大学名誉教授で中国社会科学院教授の凌星光氏は「石破茂総理への公開状」と題した文章を発表した。以下はその内容。
石破茂総理殿
総理就任から約10カ月、本当にお疲れさまでした。衆議院選、都知事選、そして今回の参議院選と相次ぐ敗北により、辞任を求める声が高まっております。そのような中、幸いにも日米間の高関税問題協議が合意に至り、わずかながら心に余裕が生まれたのではないかと拝察いたします。ここで、有終の美を飾る一手として、石橋湛山の精神を継承し、本年9月3日に北京で開催される戦後80周年記念式典へのご参加を提案いたします。それは、日中関係の改善、さらにはアジアと世界の平和への貢献となるはずです。
1.現代に生きる石橋湛山の「小日本主義」と平和主義精神
総理はかつて『日本の進路』(2021年4月号)において、「石橋湛山の思想を今の時代に生かすべき」と語られました。その後、2023年7月には超党派の「石橋湛山研究会」に参加され、同志である岩屋毅氏を外務大臣に指名されました。石橋元総理は1950年代、中国との国交正常化を模索した人物でしたが、志半ばで病に倒れ、退任を余儀なくされました。それでも1959年には訪中し、周恩来首相との共同声明を発表、1961年には「日中米ソ平和同盟」構想を提唱しています。
今年3月11日の日経『大機小機』欄でも、「新たな日中米ロ平和同盟」による世界平和構築のパラダイム転換への期待が述べられていました。このような動きは日中両国国民の共通の願いであり、総理が記念式典に出席されることにより、田中角栄首相のスピーチや村山富市首相談話の継承、そして四つの政治文書の遵守を明言されれば、日中関係の未来に希望をもたらすことでしょう。
2.「台湾有事」は現実に立脚しない幻想
安倍元首相が2021年12月に「台湾有事は日本有事」と語り、その直後にロシアがウクライナに侵攻したことから、台湾有事論と対中抑止論が急浮上しました。2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃を契機にガザ戦争が激化し、次なる紛争地として台湾海峡が注目され、日本国内でも軍備強化が急ピッチで進められています。
しかし、中国は台湾独立勢力と米日による「干渉」に対抗して軍事演習は実施するものの、武力行使には至っておらず、あくまで平和統一の方針を堅持しています。西太平洋から米空母が引き揚げられ、頼清徳総統が「団結十講」で台湾独立を公然と主張する状況下でも、中国は自制を保っています。
総理ご自身も『日本の進路』(2023年4月号)で「決して採ってはならない方策は『台湾の独立』の主張」と明言されています。この冷静な姿勢こそ、今の日本に必要です。
3.今こそ石破カラーを示す好機
昨年10月1日に総理に就任され、11月11日に第二次内閣を発足させられました。しかし、国際・国内情勢の厳しさから、総理が長年訴えてこられた「地位協定改定」や北京訪問による「対中関係強化」などの主張を打ち出すことが困難な状況が続いていました。誠に残念なことでした。
だが、今や国際情勢は新たな局面を迎え、国内世論の水面下では日中対話と関係改善を望む声が高まりつつあります。まさにニクソン訪中前夜を思わせる米中・日中関係の胎動が見られるのです。残された任期中に訪中を果たし、「石破カラー」を国際政治に刻む絶好の機会ではないでしょうか。
4.トランプ訪中と米中関係の緩和
トランプ前大統領が本年9月か10月に訪中するとの報道があり、米中関係は一定の緊張緩和へと向かっています。米国内世論や伝統的国際政治の構造からすれば、米中対立の根本は容易に変わりませんが、今後10年は「緩和過渡期」と位置づけられる可能性があります。
トランプ政権が対中強硬路線の限界を認め、調整へと舵を切りつつある今、日米安保体制やクアッド、オーカスといった枠組みもその実効性が問われつつあります。その背景には、中国が「いかなる国とも対立しない、友好関係を求める」という原則を貫いている点が挙げられます。
中印・中韓・中豪関係の改善も進んでおり、日本の対中世論も今年後半には好転の兆しが見えることでしょう。総理がその転換点を築かれることを強く期待します。
5.「人類運命共同体」理念に基づく記念式典
総理が北京の記念式典に参加された場合、中国側は必ずや大歓迎することでしょう。正式名称は「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」とされ、その「抗日」の対象は日本の軍国主義であり、日本国民そのものではありません。
当時、野坂参三氏は共産党の延安で、鹿地亘氏は国民党の重慶で、それぞれが日本の侵略に反対する運動を展開していました。石橋湛山氏や創価学会の牧口常三郎氏は日本で軍国主義に反対していました。ドイツやイタリアの国民が、他のヨーロッパ諸国民と共にナチズム、ファシズムへの勝利を祝うように、アジアにおいても日本を含む各国民が共に日本軍国主義への勝利を祝うことは可能です。
中国は人類運命共同体理念に基づき、中国人民の偉大な勝利を祝うと同時に、共に戦った日本の友人、戦後の日本が貫いた平和発展路線、中国の改革開放政策への理解と支援などに、誠意を以って讃えることでしょう。
6.日本皇室の平和志向と総理の式典参加
かつて日本軍国主義は天皇制を利用して国民を動員したため、また「天皇陛下万歳!」を叫んで兵士が死んでいったため、「天皇制=軍国主義」と誤解されやすい面があります。しかし、昭和天皇は戦後、深く反省され、戦犯が祀られてからは靖国神社参拝をしなくなりました。そして平成天皇や今上天皇もそれを受け継いでおります。
また、平成天皇は「先の大戦は14年戦争」と捉え、満州事変をその発端と認識しています。そして戦争犠牲者への慰霊を毎年続けてこられました。当然、中国や東南アジアの人々への謝意と反省の気持ちを忘れてはおられません。
それ故に、総理が記念式典に参加されても、皇室の尊厳や国民の敬意が傷つくことはないと信じます。むしろ歓迎されるべき行為でしょう。
7.日本は米中和解の橋渡し役へ
いま世界が直面している平和と安定の危機の鍵を握るのは米中関係です。米国が覇権を放棄し、中国との対話に乗り出すべき時機が訪れています。これを機に、国連を舞台に「覇権なき世界」構築の枠組みを模索すべきです。
その実現には日本、EU、インドなどの新興国の積極的な働きかけが不可欠です。近年、「日本が自由貿易体制のリーダーシップを担うべき」との声も強まっていますが、そのためには中国を排除するのではなく、巻き込むことが鍵となります。ASEANや南米のエクアドルのように、日本も対米・対中のバランス外交を志向するべきです。
石破総理が9月に訪中されれば、国際政治の潮流から取り残されようとしている日本外交が、国際舞台の中心へと大きく前進することになるでしょう。それは日本経済の活性化にもつながり、中国経済の回復にも寄与するはずです。
本公開状が石破総理、そして日中両国民に受け入れられることを願ってやみません。
■凌星光
1933年日本生まれ。1953年に一橋大学を中退し帰国。1972年には田中角栄総理訪中団の接待に参加。1993年に日本に戻り、金沢大学と福井県立大学で教鞭をとる。2003年に退職。
■筆者プロフィール:凌星光
1933年生まれ、福井県立大学名誉教授。1952年一橋大学経済学部、1953年上海財経学院(現大学)国民経済計画学部、1971年河北大学外国語学部教師、1978年中国社会科学院世界経済政治研究所、1990年金沢大学経済学部、1992年福井県立大学経済学部教授などを歴任。
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