〈新時代の新疆ウイグル自治区7〉砂に守られ砂嵐と闘うニヤ遺跡

小島康誉    2023年11月25日(土) 15時0分

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地球温暖化?で激しい砂嵐に襲われ、一部が破損した仏塔に世界平和と文化財保存を願い誦経する筆者。

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人々の落ち着いた生活ぶりを再確認した視察旅行3週間。ニヤ遺跡やキジル千仏洞の変化状況把握も目的の一部だった。ダンダンウイリク遺跡と共に筆者が中国側と文化財保護研究に全精力を投じた思い出の地。ニヤ遺跡参観には新疆ウイグル自治区政府外事弁公室の盛秀萍処長がウルムチから駆けつけ同行。旧友の張化傑さん(和田地区文旅局副局長・和田博物館長)やミンフゥンの文物責任者らと四駆4台でホテル出発。筆者にとってニヤ遺跡入りは調査やTV取材などで13回目。この慣れが最後に記すサプライズとなった?

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ミンフゥンから約120km北の遺跡を目指す。沙漠公路を暫く北上し、左折して小オアシス・カパクアスカンで遺跡保護巡視員カイサール氏らと再会ハグ。四駆の空気圧を沙漠用に下げ、カイサール氏ら運転の2台の小型沙漠車POLARISに先導され、胡楊林帯・タマリックス帯を上下左右に激しく揺れながら猛スピード蛇行北上。一気に仏塔南西の管理小屋着。約3時間。休憩・軽食後、遺構変化状況把握。

前進を妨げる胡楊とタマリックス、大揺れ蛇行前進

胡楊は「生きて千年、枯れて千年、倒れて千年」と

毎年3~5月に吹き荒れる砂嵐「カラブラン」は空全体が真っ黒になるほどで「黒い嵐」と、南新疆で恐れられている。今年は特に激しく吹き荒れた。張氏ら「地球温暖化の影響があるのでは?」と。大沙漠奥深くにあり、立入る人間も少なく約2000年砂に守られてきたニヤ遺跡。一方で強烈な太陽と砂嵐と闘ってきた。今年の激しい砂嵐は大きな被害をもたらした。遺構の一部は破壊され、保護柵や遺構表示などは倒されていた。損壊を受けた仏塔を拝し、人々の安寧と文化財の保存を願い誦経。文化財部門が修復方針を検討中。

激しい砂嵐で一部が破損した仏塔

前方の住居遺構N3周囲の保護柵も倒壊していた

帰路も大揺れの車内で1988年からの「日中共同ニヤ遺跡学術調査」の苦闘が脳裏をよぎった。協議書調印、許可取得、駱駝で3日かけ遺跡到達、大型調査隊編成、発掘許可取得、開始7年後に「五星出東方利中国」錦発掘、保護研究、報告書出版、シンポジウム開催、資金準備…。さらに発展し法隆寺「鉄線描」壁画の源流実物資料といわれる「屈鉄線」壁画を発掘した「日中共同ダンダンウイリク遺跡学術調査」…。

見渡す限り砂、砂、砂。車列先頭は保護巡視用に寄贈した小型沙漠車POLARIS

この日も砂嵐、和田博物館長(中央)はじめほぼ全員がマスク

ニヤ遺跡は「西域36国」の「精絶国」、ほかの古代都市の殆どが消滅した現在、その価値は計り知れない。遺構が200余残存する世界最大の木造都市遺構であり、中国の国宝中の国宝「五星出東方利中国」錦出土地であり、「一帯一路」の歴史交流実例都市でもある。キジル千仏洞などと世界文化遺産になるはずだったが、不運にも次段階となった。2006年8月、中国国家文物局と世界遺産センターは、トルファンで「シルクロード」申請予備会議を開催。中国のほかにカザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタンなども参加し、行動計画を決議し、国をまたぐ共同申請活動が開始された。

2007年には国家文物局が6省区48ヵ所の申請を決定。新疆ではキジル千仏洞・ニヤ遺跡をはじめとして、楼蘭遺跡・交河故城・高昌故城・アスターナ墓地・スバシ故城・クムトラ千仏洞・シムセム千仏洞・ベゼクリク千仏洞など12遺跡。2012年登録を目指した。2011年12月、タジキスタン・ウズベキスタン側の準備遅れで申請延期と分離申請を決定。規模も縮小、天山山脈周辺に絞られ、ニヤ遺跡や楼蘭などは次段階へ繰り越された。キジル千仏洞などは2014年に世界文化遺産となった。ニヤ遺跡などが中国政府により保護強化され、世界遺産になることを期待したい。

2025年は今や中国の国宝中の国宝となった「五星出東方利中国」錦発掘30周年、新疆側が記念行事を開催するなら是非とも人生最後の参観をしたいものだ。命あれば!なおニヤ遺跡は保護のため一般公開されておらず、許可が必要。ご注意ください。

マスクをとり仏塔前で記念撮影。筆者左が新疆政府の盛処長、その左が張館長、青服姿が遺跡保護巡視員

サプライズ:ニヤ遺跡への四駆で車酔い。新疆出発前はビザ取得や日程調整など一苦労。風邪で高熱、転倒し顔は腫れ歯は折れ眼鏡は割れ、人生初の救急車。その3日後には中国駐大阪総領事館・新疆文化観光庁など共催「新疆文化と観光交流イベント」へ、ふらつく足でも妻付き添いで出かけた、スピーチを依頼されていたから。完治する間もなく新疆へ。馬興瑞書記会見や艾尓肯・吐尼亜孜主席歓迎宴…重要活動につづき沙漠一周鉄路での都市視察、少々疲労。通いなれたニヤ遺跡だったが、道なき道で上下左右に大揺れに揺れる四駆内にあったリンゴをガブリしたら、急に吐き気。ヒドイ車酔い、生きた心地せず、仏塔近くの管理小屋で寝込み1時間。ふらつく足で遺構参観。帰路は何ともなく、歓迎夕食会出席。

■筆者プロフィール:小島康誉


浄土宗僧侶・佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表・新疆ウイグル自治区政府文化顧問。1982年から新疆を150回以上訪問し、多民族諸氏と各種国際協力を実施中の日中理解実践家。
ブログ「国献男子ほんわか日記」
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※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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