トルコ建国100年とバレーボール=アジアと欧州のはざまで存在感―独自の仲介外交を展開

長田浩一    2023年11月8日(水) 7時30分

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ロシアのウクライナ侵攻開始後、存在感を増している国と言えば、トルコを挙げる人が多いだろう。写真はトルコ。

ロシアウクライナ侵攻開始後、存在感を増している国と言えば、トルコを挙げる人が多いだろう。両当事国と一定の関係を維持している近隣国として、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領を中心に独自の仲介外交を展開したのはご承知の通り。同大統領は、今回のパレスチナ危機でも仲介に意欲を示した。そのトルコは、ケマル・アタチュルクによる共和国の建設から今年で100年になる。その節目の年に、トルコ国民を熱狂させる出来事が起きた。女子バレーボールチームの欧州選手権での優勝だ。

欧州選手権で初優勝

トルコのナンバーワンスポーツと言えば、ご多分に漏れずサッカー。元日本代表の長友佑都選手が2018~20年にイスタンブールの名門ガラタサライに所属しており、熱狂的な応援風景が日本のテレビでも紹介された。トルコ代表チーム(男子)が02年の日韓ワールドカップ(W杯)の決勝トーナメント1回戦で日本を破り、最終的に3位に入ったことを記憶している方も多いだろう。

ところが、トルコがW杯に出場したのは日韓大会が最後で、その後はすべて欧州予選で敗退。W杯に次ぐ重要タイトルである欧州選手権でも、08年大会で3位になった以外は目立った成績を残していない。また、ガラタサライのような単独チームも、欧州チャンピオンズリーグなどで西欧の強豪チームの軍門に下ることが多く、同国のファンは歯がゆい思いをしていたに違いない。

そんなトルコ国民の鬱憤を一気に晴らしたのが、女子バレーの代表チームだ。8月から9月初めにかけてベルギーの首都ブリュッセルで開催された欧州選手権で、見事初優勝を飾ったのだ。表彰式の模様をYouTubeで見たが、客席はトルコ国旗の色である深紅に染まり、多くの選手、観客が泣きながら国歌を斉唱していた。どの顔も「ついにヨーロッパで一番になった」という喜びに満ち溢れていた。トルコ国内でも大騒ぎになったことは想像に難くない。

先日、日本記者クラブで「トルコ―建国100年の自画像」と題して記者会見した内藤正典同志社大学大学院教授によると、「この優勝のインパクトは絶大」だという。ご承知のように、トルコは1987年に欧州連合(EU)の前身である欧州共同体(EC)に加盟申請したが、30年以上たった現在でも加盟を認められていない。人権や宗教をめぐる対立や、ギリシャ、キプロスの反対がその背景にあると言われるが、トルコ国民の自尊心を傷つけていることは間違いない。そのEUの本部のあるブリュッセル―いわば欧州の首都―でトルコの女子チームがEUの加盟国を次々に下して優勝した事実は、同国にとって、スポーツの枠を超えて意味のある出来事だったようだ。

「個人の生き方に口出しするな」

ところで、トルコは言うまでもなくイスラム教徒が多数を占める国。「保守的な社会なので、今まで女性のそうした活躍を認めようとしなかった」(同教授)面があるという。イスラム圏では、肌を露出させないユニフォームを着用させたり、頭を覆うヒジャブをかぶるよう求めたりするなど、女子スポーツ選手に様々な制約が課せられることが多いが、比較的開放的と思われるトルコでも、一部に冷ややかな視線があったようだ。

しかし今回の代表チームが着用していたのは、タンクトップにショートパンツという他国と同様に肌を露出させたユニフォーム。ヒジャブの選手は一人もいない。それだけではない。両腕いっぱいにタトゥーを施したキューバからの帰化選手や、性的マイノリティーであることを公言している選手もいた。このため、そんな選手がいるのはトルコ人の恥だといったネット上の書き込みもあった。しかし内藤教授によると、これについて記者団から質問されたエルドアン大統領は、「個人の生き方について他人が口出しすることは認められない」と、そうした批判は適切ではないとする見解を示したという。

イスラム保守派と見られている同大統領のこの発言は意外感を持って受け止められたようで、英国BBCなどは「エルドアンがLGBTQ(性的少数者など)を擁護した」と報じたらしいが、それは違う。しかし「擁護はしていないが、個人の内面を詮索するのはやめろとイスラム保守派に言ったことは事実」(同教授)。この発言を機にネット上の選手批判は静まったという。

保守主義を押し付けず分断回避

このように国内の分断を回避するやり方は、今回に限らずエルドアン大統領の一貫したスタイルのようだ。オスマン帝国が第一次世界大戦で敗れて国家存亡の危機に立った中、ケマル・アタチュルクがギリシャなどの侵攻を撃退して宗教とは無縁の世俗国家トルコ共和国を建国してから100年。歴代政権は宗教色を排した政権運営に努めてきたが、近年は社会にイスラム回帰の空気が強まり、イスラム主義政党のトップであるエルドアン氏が過去20年間政権を維持してきた。今年5月には大統領に再選され、同氏の統治はさらに5年間続く見込みだ。

同大統領の政権運営に対しては、欧米諸国から「強権的」などの批判が絶えない。しかし、内藤教授によると、イスラム保守主義を強制せず、国民の分断を回避しながら発展を図るのがエルドアン流なのだという。先のバレーボール選手に関する発言はその典型だ。それが一定の支持を得ているからこそ、長期政権が維持されているのだろう。もちろんトルコにもクルド人問題やインフレなど解決すべき課題は山積している。エルドアン氏がそれらの難問をどう処理していくか、注目したい。

チャンスとリスクが相互作用する地域

ところで、トルコはヨーロッパなのか、アジアなのか。前述のようにトルコはEUに加盟申請しているし、スポーツの競技団体は欧州連盟に所属している。何より、北大西洋条約機構(NATO)の重要メンバーである点を踏まえると、政治的には欧州の一員と言いたくなる。

しかし、ボスポラス・ダーダネルス両海峡が欧州とアジアの境界だとすると、トルコ領土のうち欧州とみなされるのは5%以下。国土の大半を占めるアナトリア半島は「小アジア(Asia Minor)」と呼ばれており、地理的にはアジア。社会・文化的には双方の色彩を兼ね備えており、「東西文明の十字路」と呼ぶのにこれほどふさわしい国はない。

それだけではない。北は黒海を挟んでロシア、ウクライナと対峙しているし(ロシアが固有の領土のように主張しているクリミア半島は、18世紀まではオスマン帝国が支配していた)、東ではイラン、南ではイラク、シリアと国境を接し、そのすぐ南には中東紛争の主役イスラエルと、アラブの盟主で大産油国であるサウジアラビアが控える。過去はもちろん、現在でも戦争や衝突が繰り返されている地域の真ん中という、地政学上きわめて重要なロケーションにある国だ。

ティム・マーシャル「恐怖の地政学」(2016年)によると、トルコ外務省のウェブページには「トルコを中心とするアフロ・ユーラシアの地形は、チャンスとリスクが最も激しく相互作用する場所だ」という一文があるという。今はリスクが圧倒的だが、情勢が落ち着けばチャンスに変わってくるだろう。私たちはこれまで以上に、この国に関心を持つ方がよさそうだ。

■筆者プロフィール:長田浩一

1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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