消えた「不夜城・香港」、再来なるか?

野上和月    2023年10月23日(月) 20時30分

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「不夜城」と言われてきた香港で今、政財界が夜間の市民の外出と経済活動の掘り起こしに躍起になっている。夜の街から人が消え、「夜経済」が落ち込んでいるからだ。

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「不夜城」と言われてきた香港で今、政財界が夜間の市民の外出と経済活動の掘り起こしに躍起になっている。夜の街から人が消え、「夜経済」が落ち込んでいるからだ。眠らない街はなぜ消えたのか?そして、あの活気あふれる眠らない街は戻ってくるのだろうか?

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香港の「夜経済」の歴史は古い。香港の中国返還を巡って中英交渉が進んでいた1980年代初期、当時中国の最高指導者だったトウ小平氏は「馬照跑,舞照跳(競馬もダンスもこれまで通り)」と言って、返還後も香港社会が変わらないことの例えに競馬と夜総会(ナイトクラブ)を引き合いに出したほどだ。

1840年代から始まった競馬は1973年からナイター競馬も始まり、今も昼夜ともに盛んだ。夜総会は70~80年代を最盛期に2000年代初めにかけて徐々に姿を消していった。当時の夜総会はディナーや宴会、客が踊れるダンスフロア、人気歌手の歌や広東オペラの上演がある夜の社交の場だったが、ホテルやコンサート会場などに取って代わられていった。

庶民レベルでいうと、私が香港に来た90年代後半は、若者はカラオケボックスで夜遅くまで遊んだり、友達と夕飯を食べた後にさらに別の仲間と夜食を食べに出かけたりしていた。街のネオン看板がギラギラと光を放つ中、宵っ張りの朝寝坊の香港人は、時を忘れてナイトライフを楽しんでいた。娯楽の多様化でカラオケボックスがすたれていくと、夜に路上でライブやパフォーマンスをする若者が出現し、人だかりができるようになった。中国人観光客の個人旅行が始まった2003年以降は、観光客が激増し、夜遅くまで飲食店も小売店もにぎわっていた。

ところが、最近は夜間に外出する人が激減し、街にはかつてのような活気がない。会食は昼間にして夜は自宅で過ごす市民が増え、夜9時前でもレストランは空席が目立つ。テーブルは2回転どころか1回転もままならない状況だ。店側も、客足が遠のいているのに、高い人件費を払ってまで営業する理由もなく、閉店時間を早めている。小売店も同じで、街は静まり、「夜経済」は回らなくなっているのだ。

たまりかねた香港政府は先月、「香港夜繽粉(Night Vibes Hong Kong)」と銘打ち、商業施設や飲食店、小売店のほか、博物館などの公共施設などが一体となって、2024年の春節にかけて短期・長期でさまざまな夜間サービスに乗り出した。言わば「香港らしい夜」を取り戻そうという一大キャンペーンだ。

湾仔のハーバー沿いで中秋節を祝う香港市民ら

地下鉄運営会社は、夜10時半以降に5回降車したら1回分の乗車料金を4回まで無料にしている。映画館は夜間上映のチケット料金を割り引いている。80を超えるショッピングモールが、営業時間を繰り下げたり、「午後7時以降モール内で50香港ドル(約950円)以上を消費したら1時間の駐車料金無料」「午後8時以降に飲食すれば割引サービス」「10月の土日の夜は人気歌手を呼んだり演奏会を開いたりする」など、あの手この手で夜間の集客に力を注いでいる。

さらに新たな目玉として、尖沙咀や湾仔などのビクトリアハーバー沿いのプロムナードに夜市が立ち、屋台、パフォーマンス、文化イベントなども始まった。市民が集まることで観光客への波状効果も狙っている。

こんな感じで、とにかく市民に夜間も外出して消費してもらおうと必死なのだ。そもそも、なぜ不夜城は消えたのか?

最大の理由は、2019年に香港各地で起きた大規模反政府デモと、翌20年から流行した新型コロナの流行で、市民はナイトライフの変更を余儀なくされ、生活習慣が大きく変化したためだ。

香港は朝昼晩の3食を外で食べるほど外食文化が普及しているが、デモを避けるために不必要な外食を控える市民は少なくなかった。翌年に入って新型コロナが流行し始めると、香港政府はデモを抑え込むためにもコロナ対策を口実に、徹底的に集団行動を制限した。感染者数が増えると、午後6時以降の店内飲食を全面禁止し、外食は大きく制限された。例年なら冬至、春節、母の日、父の日などは家族そろってレストランで祝うが、コロナ禍ではそれもできなかった。在宅勤務も普及し、外出の機会も減った。

この間、台頭したのが「中食産業」だ。種類豊富な総菜の中から2~3品選べる安いお弁当屋があちこちで店を構えた。市民はこうした持ち帰り弁当や宅配サービス、ネットショッピングを活用し、家で過ごすことが習慣化したのだ。

しかも、コロナ規制が撤廃されて自由に食事ができるようになったら、待っていたのは飲食店のすさまじい値上げ攻勢だった。コロナ禍での値下げ合戦から一転、どの店も大幅な値上げに転じたのだ。飲食ばかりでなく、今の香港はあらゆる物価が上昇し、市民の財布のひもは固くなっている。

それだけではない。今春、香港人の香港―深セン間の移動が自由になると、最近の人民元安が追い風になって、隣町の広東省深セン市に遊びに行く香港人が後を絶たないのだ。

香港ドルは米ドルにペッグしているから、人民元は対香港ドルに対しても割安感が続いている。直近でも人民元は、昨年の高値水準から約14%下落している。今の深センは、香港の半額から3分の1の価格で食事や買い物、遊ぶことができるため、「1000香港ドル(約1万9000円)で目いっぱい遊べる」「何年間も訪れていなかったので、深センの発展ぶりを見に行きたい」など、多くの香港人が週末や休暇を利用して深センに出かけている。逆に中国人観光客は香港ドル高の中で香港観光をすることになり、中には宿泊代が高い香港のホテルを避けて深センに泊まりながら香港観光する人がいるありさまだ。香港の飲食店や小売店は、深センという競争相手にも苦しんでいるのだ。

キャンペーンを打ち上げてから最初の大きな経済効果が期待された10月1日の国慶節(中国の建国記念日)を挟んだ10日間のゴールデンウィーク。国慶節前日のドローンショーや5年ぶりに行われた国慶節を祝う花火大会は、多くの香港市民や観光客でビクトリアハーバー沿いが埋め尽くされ、久しぶりに香港らしい活気ある夜となった。

今後、ハロウィーン、クリスマス、新年のカウントダウン、春節と、年中行事が目白押しで、一年で最も活気ある季節が到来する。大規模な野外グルメイベント「香港ワイン&ダイン・フェスティバル」も5年ぶりに開催されることになり、政府や飲食・小売り業界の期待は高まる。ただ、入境処のデータを見ると、ゴールデンウィークの10日間に香港から中国本土に出かけていった香港人は約220万人となり、中国本土から香港にやってきた中国人より100万人も多かったという現実もある。今回のキャンペーンは従来のサービスを寄せ集めて一体化した感は否めず、そう簡単に夜経済が回りだすとは思えない。活気ある香港の夜を取り戻すには、斬新で魅力的なさらなる仕掛けが求められていると思う。

■筆者プロフィール:野上和月

1995年から香港在住。日本で産業経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機関に勤務。1987年に中国と香港を旅行し、西洋文化と中国文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中国返還を見たくて来港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執筆。読売新聞の衛星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、写真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。

ブログ:香港時間
インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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