「市場の手」でインターネット企業の発展を促す中国

吉田陽介    2023年8月2日(水) 6時0分

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中国は「市場の手」と「政府の手」をうまく組み合わせながら経済政策を行っている。プラットフォーム企業に対する政策もこの二つの手を組み合わせている。資料写真。

中国経済のさらなる回復へ動く中国政府

24日に開かれた中国共産党中央政治局会議は、今年後半の経済回復に弾みをつけるため、消費を「経済成長のけん引役」と位置づけて内需の積極的拡大を図るとした。具体的には、自動車、電子製品、家財など大口消費を活性化し、スポーツ・レジャー、文化・観光などのサービス消費を後押しすると述べた。

また、会議は「内需拡大戦略と供給側構造改革を有機的に結合させる」としている。具体的には、戦略的新興産業を育成し成長させ、より多くの支柱産業を築く、デジタル経済と先進製造業、現代サービス業の高度な融合を促す、人工知能(AI)の安全な発展を促進する、プラットフォーム企業の規範にのっとった健全で持続的な発展を後押しするといったものだ。

会議は経済回復で大きな役割を果たす消費の役割を一層発揮させることにつながる措置をとって、人々が今後の中国経済について明るい展望を描けるようにした。その背景には、今年の端午節の消費が5月の労働節よりも力強さを欠いていたことにある。

インターネットが生活で欠かせない存在になった現在、プラットフォーム企業は重要な役割を果たす。同企業は消費だけでなく、雇用面でも大きな役割を果たし得る。

「内需と輸出の拡大にプラス」政府指導者がプラットフォーム企業座談会で高評価

政治局会議の2週間ほど前の12日に、李強国務院総理はプラットフォーム企業座談会を開き、複数の大手インターネットプラットフォーム企業の責任者と意見交換した。

複数の外国メディアはこの座談会について、中国政府が「数年に及ぶテクノロジー業界への強力な監督管理が終わった」という強いシグナルを再び発信したと受け止めた。

李総理はこの座談会で、美団、阿里雲(アリババクラウド)、抖音(TikTok)、拼多多などの「プラットフォーム経済の規範にのっとった健全かつ持続的な発展の促進」に関する提案を聞き、次のように述べた。

「イノベーション・ブレークスルーを持続的に推し進め、土台となる技術など基幹コア技術を中心に据え、研究開発への投入を増やし、より多くの新しい分野、新しい競争の場を開かなければならない」

「実体経済の発展を後押しし、消費インターネットプラットフォームの最適化と発展によって内需の潜在力を一段と引き出し、工業インターネットプラットフォームを大いに発展させることで、中小企業の連動イノベーションを有効にけん引しなければならない」

「プラットフォームに基づく新たな雇用の拡大に努力し、社会公益事業に積極的に身を投じなければならない」

「勇気をもって世界の大舞台に打って出て、より多くのメイド・イン・チャイナの製品、サービスの海外進出をけん引しなければならない」

ここで挙げた言葉から、プラットフォーム企業は中国政府が進める内需と輸出の拡大に大きく貢献し得るものであること、中国の科学技術の「自立・自強」に資すること、中小企業の発展にプラスになるという中国政府の期待がうかがえる。

「政府の手」と「市場の手」でプラットフォーム企業の管理行う中国政府

中国は「市場の手」と「政府の手」をうまく組み合わせながら経済政策を行っている。プラットフォーム企業に対する政策もこの二つの手を組み合わせている。

中国のプラットフォーム企業は「独占禁止を強化し、資本の無秩序な拡大を防ぐ」という考えの下、この2年間、厳しい監督管理下に置かれていた。これは「政府の手」が働いたといえる。その後、中国政府は「市場の手」を徐々に働かせ、同企業に対する見方は徐々に変わっていった。

2020年11月10日に発表された「プラットフォーム経済分野の独占禁止指針意見聴取稿」は、「一つの電子商取引プラットフォームでしか出店させない」、「ビッグデータ分析により既存ユーザーに不利な料金設定をし、お得意さまが損をする」などの不正競争行為は今後、より厳しい監督管理に直面するとして、これらの行為をした企業を断固取り締まるとした。

翌年8月8日の人民日報に掲載された記事は、「関係省庁がプラットフォーム経済、教育・訓練、情報セキュリティーなど複数分野の監督・規制措置を続々と打ち出している。これら一連の監督・規制措置は市場秩序の規範化、新たな発展の枠組みの構築、質の高い発展の促進という戦略的見地から、公平な競争のための市場環境の形成を促し、消費者の権利利益をよりよく守る実務行動」だとして、プラットフォーム企業への監督管理は「秩序ある市場競争環境」を整えるためのもので、同企業の発展を阻害するものではないと述べた。

中国政府は2013年に開かれた中国共産党第18期三中全会で、「統一的で開放された、秩序ある競争の行われる市場体系を構築することは、資源配置における決定的な役割を市場に果たさせるための土台である」と述べている。この「秩序ある」というのは、いうまでもなく、経済主体間の無秩序な競争ではなく、ルールにのっとって競争するという意味だ。ゆえに、中国政府は「市場」と「法治」の手段で競争環境を整えるというのだ。人民日報記事の指摘のように、各経済主体の秩序ある競争の環境づくりの一環といえる。

また、21年6月に当時の李克強国務院総理は「『放管服(行政の簡素化・権限の委譲、規制緩和と管理強化の結合、サービスの改善)』改革を深化させ、市場主体の活力育成・喚起に力を入れるための全国テレビ電話会議」の演説でこう述べた。

「国はプラットフォーム経済の発展を支持するが、独占や不正競争に対しては規範化・処罰を行わなければならない。公平な競争を妨げ、革新と活力を抑える独占は、市場経済の発展に逆行するものだ。独占と不正競争に反対することは、プラットフォーム経済の健全な発展に役立ち、各種の市場主体特に小規模・零細企業、自営業者の合法的な権利・利益と発展空間を保護するのに役立つ。」

ここでは、プラットフォーム経済は経済発展に有益なものと認めた上で、市場競争を阻害する独占は活力ある競争が不可能であるため、監督管理を引き続き行っていくとしており、人民日報記事と同じスタンスだ。

2022年になると、監督管理を前面に出した記述はあまり見かけなくなる。

同年5月、当時の劉鶴国務院副総理は、「デジタル経済の持続的で健全な発展推進」をテーマとした協商会議でこう述べた。

「デジタル経済がもたらす全方位の変革に努力して対応し、総合国力と国際競争力を高めなければならない。企業家は最も重要なイノベーション主体であり、プラットフォーム経済、民営経済の持続的で健全な発展を支援し、プラットフォーム経済の規範にのっとった健全な発展を支援する具体的措置を検討し、プラットフォーム企業が国の重大科学技術イノベーション事業に参加することを奨励しなければならない。」

ここでは「独占禁止」の言葉が見られず、「規範にのっとった発展」と言うにとどめている。

当時は、コロナ禍による中国経済の不振もあり、経済回復を担う力としてプラットフォーム企業の発展を促す方針に転換したと思われる。このことから、政府が「市場の手」の役割を徐々に拡大させていることがわかる。

昨年7月末の中央政治局会議は、「プラットフォーム経済の規範にのっとった健全な持続的発展を後押しし、プラットフォーム経済の特別是正を達成し、プラットフォーム経済に対し、常態化監督管理を実施し、『ゴーサイン』の投資案件を集中して打ち出さなければならない」と述べており、「特別是正」、つまり厳しい監督管理の終了を示唆し、中国政府のプラットフォーム企業への口調は柔らかいものになった。

政府の奨励策の効果は今後の展開見る必要

座談会が開かれる前、中国政府はテンセントとアントグループにそれぞれ巨額の罰金を科し、際立った問題の多くは「現在は是正された」と表明した。このことは複数の外国メディアからも大手テック企業取り締まりの終了が近づいていることを示すシグナルとみられている。

2020年末以降の約2年間、アリババとその傘下のアントグループ、テンセント、滴滴打車などを代表とするプラットフォーム企業は絶えずさまざまな厳しい規制を受け、中国のインターネット企業の米国と香港の株式市場での株価が何度も下落したが、現在は政府の「市場の手」によって、逆に発展させる方向になっている。

その背景には、2022年12月以降、中国が「動的ゼロコロナ」政策の緩和に踏み切った後、経済回復のスピードが予想を下回ったことにある。特に、若者の失業率が20%を突破し、若者の雇用の確保は「人民の利益が第一」をモットーにする中国共産党にとって最重要課題だ。

中国政府は「大衆による起業・革新」の政策を何年も掲げ、特に若者の起業を促している。プラットフォーム経済の発展は、有能な若い人材を確保して、新たな技術、ビジネスモデルの創出につながり、雇用問題の解消にもプラスとなる。

19日に「民営経済発展・強大化促進に関する中国共産党中央・国務院の意見」が発表され、民営経済の発展環境の持続的最適化や民営経済への政策支援などの措置が打ち出された。

これは、製造業の不振、輸出や消費者の活性化のために、企業、特にプラットフォーム企業も含む民間企業の投資意欲を引き出すことを目的としている。その効果については、今後の展開を見る必要がある。

■筆者プロフィール:吉田陽介

1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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