中国で西洋近代の方法による考古学調査が始まったのは19世紀末だった。最初に調査を行ったのは西洋人だった。中国人の考古学者もほどなく登場し、20世紀前半には誇るに足る成果を出すようになった。当時の中国は国力も弱く、戦争も勃発するなどで、研究環境は劣悪だった。それでも中国人考古学者は「かじりつく」ようにして研究を進めた。代表的人物の一人が黄文弼（1893－1966年）だ。黄は中国人として初めて「さまよえる湖」として有名なロプノールに到達した人物であり、現地でしっかりとした考古学調査を行った人物だ。中国メディアの中国新聞社はこのほど、黄文弼の研究人生や研究姿勢を紹介する記事を発表した。以下は、同記事の概要に若干の情報を追加するなどで再構成した文章だ。

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常に中国人としての誇りを胸に

近代になってから、ロプノールに最初に到達したのはスウェーデン人探検家のスヴェン・ヘディン（1865－1952年）だった。ヘディンがロプノールに到達したのは1890年代後半から1900年代前半にかけての探検だった。

ヘディンはその後も中国を含むアジアの探検調査を続けた。1927年には中国北西部の第4回調査を計画した。当時の中国は分裂状態で、中国北部を支配していた北洋政府はヘディンの探検を許可した。しかし北京の学界はヘディンの調査に反発した。ヘディンは時勢を見極め、中国の学界とじっくりと交渉した。その結果、中国側とは合同調査団として活動することで合意した。中国側は研究者6人と学生4任を参加させることになった。経費はヘディン側が供出することになった。考古学の専門家として参加した中国側団員が、黄文弼だった。

調査団は1927年5月に北京を出発した。黄文弼はスウェン・ヘディンの学識と業績に感服したが、文化財保護においては厳格であり、外国側の団員が無許可の考古学調査などを阻止しようとした。ヘディンがテントの外にスウェーデン国旗をたくさん立てると、黄はすぐに抜いて中国国旗を立てたという。

黄文弼は1928年年初、ヘディンらと別れて分隊を率いて新疆に移動した。当時の外国人探検家は出土品など発見した文化財を本国に持ち帰ることを極めて重視していた。中国人からすれば昔からの「遺産」を持ち去られることだ。外国人探検家は、壁画を持ち帰ろうとして無造作に壁をはぎ取ってしまうなどの文化財の破壊も行った。

黄文弼は外国の探検隊が勝手に荒らした遺跡で、系統的な科学的発掘を行った。中でも最も代表的な仕事は、ルファン交河城ヤル崖古墓群の発掘だった。まずエリアを整理して分布状況を確認し、エリアごとに順次発掘することで、完全な陶器800点余り、墓表120件余り、その他大量の副葬品を発見した。

黄文弼は1930年4月にロプノール北岸に到着した。4月23日午前には、さらに小編成の2分隊に別行動をさせて史跡を探った。その日の午後は風が急に吹き、砂ぼこりが立ち込めて夜のように暗くなった。地元で「黒い風」と呼ばれる現象だ。夜になっても大風は止まず、駐屯地のテントはほとんどが破壊された。黄は防寒服を持っていない小分隊の隊員のことを一晩中心配していたという。

西洋人もなしえなかった大発見の数々

小分隊の一つは翌日午前に戻って来た。地面に落ちていた銅製の矢じりなどの収穫もあった。しかしもう一つの小分隊はなかなか戻ってこなかった。ようやく戻って来たのは夕方だった。黄文弼は調査日誌に珍しく「勝利の知らせを持ち帰った」などの言葉を使った。喜びを隠せなかった。

黄文弼が「勝利」の言葉を使ったことには理由があった。遅れて戻って来た小分隊は、漢代ののろし台跡の遺跡を発見したのだ。のろし台には3本の直立した木の柱が残っていた。また、改めて調査したところ、70枚余りの漢代の木簡も発見した。新疆で発見された最も古い木簡だった。

黄文弼はロプノールを離れた後、タリム盆地に1年半滞在した。調査した遺跡は100カ所以上に達した。有名なクチャ（亀茲）、ホータン（于●）（●は門がまえの中に「眞」）、焉耆、尉鋤、危須などの古国の跡にも足を踏み入れ、多くの古い都市を発見した。黄文弼は1930年9月に北京に帰還した。この調査は黄文弼の生涯に渡る研究の方向性を決めた。黄文弼はその後にも1933年、1943年、1957年にも新疆の調査を行った。新疆内での総行程は38000キロを超え、天山南北のほぼすべての古跡に黄文弼の足跡が残された。

黄文弼の新疆調査は苦難に満ちたものだった。装備は貧弱だった。しかし黄文弼はタクラマカンの横断にも成功した。スウェン・ヘディンも横断を試みたことがあったが、水を飲み干して人の尿、ラクダの尿、羊の血を飲むなどで命を失う寸前にまで追い詰められた。ヘディンは最終的に、ほとんどの荷物を放棄した。学術調査の観点からすれば、完全な失敗だった。

「漢書・西域伝」などでは、タリム盆地の南部には「南河」があり、ロプノールに流れ込むとされている。しかし「南河」は消滅している。黄文弼は「南河」周辺の遺跡を調査することにした。タリム盆地の北部から南部に到達するために1カ月と6日を要した。

黄文弼は河床の跡と川沿いの遺構に基づき、「南河」の消失が5世紀から8世紀の間に発生したと判断した。この研究は古代国家とシルクロードの盛衰などの研究に対して、新たな証拠を提出した。黄文弼の新疆の研究は遺跡を発見しただけでなく、西域の歴史に関するいくつかの重大な問題を解決する手がかりを提出した点で重要だ。

劣悪な環境下でも研究を持続した強い精神力

黄は1930年に北京に戻ってきて、研究の主たる対象を蒲昌、すなわち往時のロプノールにすると決めた。それまでの考古学調査を整理して1933年までに出版物として世に示した。1934年からは安陽、洛陽、西安、南京などで考古学作業を行い、さらに西安で碑林の修復を行った。新疆で得た出土品を携行したが、研究する時間は夜にしか取れなかった。

日本に対する全面抗戦が始まると、北京市内の多くの大学が戦火を避けるために陝西省に移転して「国立西北連合大学」となった。黄文弼は歴史学部の教授を務めた。同時期に四川大学歴史学部教授に招聘ため、1939年から1942年まで四川と陜西の往復を繰り返し、学生を指導する一方で新疆の調査察報告書の執筆を続け、「ロブノール考古記」を完成させた。

日本との戦争に勝利した後、黄は漢口の倉庫に出向いて寄託していた新疆での出土品を調べたが、大部分は戦火で破壊されてしまっていた。中華人民共和国の成立後、黄は中国科学院考古研究所の研究員を務めた。黄は驚くべきエネルギーを爆発させ、「トルファン考古記」、「タリム盆地考古記」を相次いで出版した。最後の「タリム盆地考古記」の出版は1958年だった。黄は初めて新疆に足を踏み入れてから26年で、新疆での調査を紹介する主要著作を完結させた。

考古学の研究は、報告書を発表することで完結する。当時の中国が置かれた厳しい状況や、その他に与えられた仕事の多さを考えれば、黄ほどの強い精神力や使命感を持つ人物でなければ、新疆での貴重な発見の多くは役立てられることなく埋もれてしまったかもしれない。

黄文弼は1966年に73歳で他界した。しかし黄の著作は歳月の検証に耐え、今も学術的価値を認められている。また、中国国外への影響力も多く、黄の著作は中国北西部の考古学を研究する者にとって必読だ。

黄文弼の影響力はすでに国内外の学界に及んでいる。日本の考古芸術学者の前田耕作（1933－2022年）は、「黄文弼は机上の金石学を生気に満ちたフィールド考古学に転換するために、4万キロを苦労して進んだ。このような黄文弼を忘却の歴史から改めて解き放つことは、西から見ていた中央アジアを東から観察するようなものだ」と述べている。それまでは西洋の目で見ていた中央アジアを、中国の学問として成立させたとの評価だ。（構成/如月隼人）