<日本人の忘れられない中国>震えた「謝謝」、おばあちゃんが書いてくれた手紙

日本僑報社    2023年6月24日(土) 22時0分

拡大

自分の伝えたいことが伝わることに私の心は晴れ晴れとしていた。しかし私の心とは裏腹におばあちゃんの顔色は曇っていった。

あの日バス停で誓った約束は今も尚続いている。

私が中国の青島に来たばかりのこと。当時私は小学校1年生。中国語も英語も話せない私にとって初めての海外在住。私の目に映る青島は異世界で、不思議で魅力的で宝を探す冒険のようだった。

忘れもしないあのバス停。毎日私たちと共に孫の幼稚園の送迎バスを待つ、同じマンションに住むおばあちゃんがいた。当時青島では外国人が珍しかった。興味本位で日本人である私たちに話しかけてくれたおばあちゃんとの出会いが、一生忘れられない出会いになったのだった。

これをきっかけにバスを待つ間、会話をするのが日課になっていた。私、私の母と弟。同じ幼稚園に通う弟の友達とそのおばあちゃん。いつもバス停には5人が仲良く会話をする光景が広がっていた。初めは英語が話せる弟の友達を頼りに、身振り手振りで何とか意思疎通していた。しかし日を重ねるにつれ、伝わらないことも増えていた。そこで私の母は紙とペンを持ち、慣れない手つきで中国語を書いた。事前に調べて伝えたい内容をメモするという案だった。私たちにはおばあちゃんと話したいという熱い感情が芽生えていた。

翌日、おばあちゃんに中国語が書かれた紙を渡した。会話の幅が広がり、自分の伝えたいことが伝わることに私の心は晴れ晴れとしていた。しかし私の心とは裏腹におばあちゃんの顔色は曇っていった。いつも元気で明るいおばあちゃんの暗い表情を見るのは初めてだった。車が走る騒音だけがバス停に鳴り響いた。周りは騒がしいはずなのにとても静かだった。そしてようやくおばあちゃんが悲しい顔で、ごめんねと手を合わせた。そして弟の友達が口を開いた。

「僕のおばあちゃんは文字が読めないんだ」

この言葉を母を介して聞いた時、私はショックを受けた。なぜ自分がショックを受けているのか、小学生の私には分からなかった。同情なのか悲しみなのか。さっきまで降っていた雪は雨へと変わっていた。

おばあちゃんが文字を読めないことを知った翌日、私はおばあちゃんと会話するのが怖くなっていた。おばあちゃんもきっとそうだろうとため息をついた。自分達の当たり前が引き起こした悲劇を恥じた。雪だるまも退屈にバスを待つ頃。いつもの見慣れたふたつの人影が遠くの方に見えた。おばあちゃん達だ。おばあちゃんの手にはなんと紙とペンがあった。そして中国語が書かれた紙を私たちに渡した。漢字で何となく読み取った言葉は「文字読めないけど頑張って勉強する」だった。

嫌われたと思い込んでいた私は、意外な展開に驚きを隠せなかった。そして、とても嬉しかった。私の勝手な憶測だが、文字が読めないことはおばあちゃんにとってコンプレックスであったと思う。それを外国人である私たち日本人に知られては、中国人としてのプライドが傷ついたであろう。もし私なら恥ずかしさと悲しさに負け、その人とは距離を置くと思う。しかしおばあちゃんは違った。距離を置くどころか、私たちと会話をするために文字を勉強するというのだ。

バス停で出会った私たち日本人に、それまでして何故会話をしたいのか。それはおそらく、彼女にとって初めての日本人だったからであろう。そして私たちにとって初めての中国人は、おばあちゃん達だったのだ。私たち日本人が中国人のおばあちゃん達と話したいという強い想いは、おばあちゃんも同じであった。

それから私たちは、中国語の勉強を一生懸命にした。新しい単語を覚えては紙に書き、寒い雪の中バス停でおばあちゃん達と会話する日々が続いていた。だが、そんな幸せな毎日は思っていたよりも早く終止符を打つことになった。私たちは上海に引っ越すことになったのだ。

バス停へ向かう最後の日。私は家を出る前に髪を束ねた紐をキュッと結び直した。そして、バス停への雪道を歩いた。歩く度に聞こえる雪の音は、おばあちゃん達との思い出を回想させた。バス停に着くと、おばあちゃんは何かを手にしていた。なんと私たちに手紙を書いてくれたのだった。手紙を渡されたときのおばあちゃんの笑顔は一生忘れない。手紙には「私は文字の勉強を続ける。だからあなた達も中国語の勉強を続けてね。がんばれ。」と書かれていた。

これが青島生活最後の日に誓ったおばあちゃんと私たちの約束だった。そして手紙の最後に書かれた「謝謝」の二文字。少し震えた字がおばあちゃんの一生懸命さを物語っていた。私が青島での冒険の中で、探していたものは出会いという名の宝だったのかもしれない。

高校生になった私は今も尚、中国語の勉強をしている。私が中国語を話せるようになったと知ったらどんな反応をするだろう。そしておばあちゃんは文字の勉強を続けているだろうか。バス停で出会った奇跡は、私の運命を変えることになった。中国語を勉強し続けることであの日の約束は守られ続ける。だから私は中国語を学び続ける。これからも、ずっと。

■原題:青島のバス停

■執筆者プロフィール:高橋未來(たかはし みら)高校生

小学校の約5年間を中国(青島と上海)で過ごす。中国での人々との出会いをきっかけに、中国語の勉強を始める。中国で生活をするなかで、中国の良さや温かさを知る。そして、第2の故郷となる。日本への帰国後、中国への愛が募る。中国への愛は加速するばかりで、中国への留学を決意する。しかし、コロナの影響でオンライン留学に。中国に行ける日を夢にみて、今も中国語を勉強し続けている。好きな食べ物は麻辣湯と豫园のトウモロコシ。

※本文は、第5回忘れられない中国滞在エピソード「驚きの連続だった中国滞在」(段躍中編、日本僑報社、2022年)より転載したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。


※記事中の中国をはじめとする海外メディアの報道部分、およびネットユーザーの投稿部分は、各現地メディアあるいは投稿者個人の見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

この記事のコメントを見る

第5回忘れられない中国滞在エピソード「驚きの連続だった中国滞在」受賞作品集はコチラ!
http://duan.jp/item/328.html

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携