「狂騒の2020年代」再来か?世界恐慌・戦争の時代につながる懸念も=赤阪元国連事務次長

赤阪清隆    2023年6月8日(木) 7時30分

拡大

新型コロナもインフルエンザ並みの扱いになって、日本もようやくコロナ禍以前の状況に戻りつつある。さてそれでは、これから人々はどういう行動をとっていくのだろうか?

新型コロナもインフルエンザ並みの扱いになって、日本もようやくコロナ禍以前の状況に戻りつつある。さてそれでは、これから人々はどういう行動をとっていくのだろうか?

予想される第一の行動パターンは、3年余りの間の抑制生活から解放されて、リベンジとばかりに爆発的な消費と狂騒に身を任せるものだ。第二は、これとは逆に、すっかり慣れた禁欲生活を続け、さらには人生の無常を再認識して、清貧の生活を選択することだ。第三のパターンは、コロナ禍以前の普通の生活に戻ることだろう。

一番手の「リベンジ消費」と狂騒の兆候は、すでにいろんなところに現れてきている。例えば、インバウンドの外国人観光客が急速に伸びており、今年3月の訪日客は180万人超と、2019年3月比で66%の水準に回復した。

円安もあって、一人当たりの支出も28%増えた。百貨店の売り上げも各店好調で、売れ筋はゴールドや高級時計などだという。若い人や女性客でにぎわう居酒屋やバー、レストランの活気もすごい。今年夏の日本人の国内旅行および海外旅行の予約数もぐんと伸びている。3年間もじっと我慢した腹いせもあって、財布のひもを緩める人が多くなっているのだろう。

このような最近の現象は、第一次世界大戦とスペイン風邪の後に起きた「狂騒の20年代」を彷彿させる。戦争と感染症下で長く禁欲生活を強いられた米国の人々が、世界恐慌が1929年に始まるまでの1920年代、ラジオ、映画、自動車、ジャズ、ファッションのフラッパー、アール・デコ、「グレート・ギャツビー」などの文学作品、チャールストンなどのダンスなどに熱狂した。まさに、大量消費の時代であった。

リンドバーグが単独で大西洋横断飛行を成し遂げたのも1927年である。あれから100年、コロナ禍をくぐり抜けたわれわれは、これからの2020年代、同じような狂騒の時代を迎えるのだろうか?

2020年代が「狂騒の時代」を迎えるとしたら、その象徴的な事象としては、個人の宇宙旅行、無人運転自動車、空飛ぶ自動車、ドローン、ロボット、5Gコネクティビティ、チャットGPTなどの生成AIなどだろう。乱立する高層ビル、爆発的なインバウンド観光客の増加、株価の高騰、一泊数百万円もするスイートを擁した富裕層向けのホテルの林立、新宿の東急歌舞伎町タワーなども、狂騒の時代の到来の兆候だろう。

豪華な食事を競う高級レストランの氾濫、スーパーやコンビニなどにあふれかえる食品も飽食と狂騒の時代の特徴といってよいだろう。農林水産省によれば、日本は、売れ残りや消費・賞味期限を越えた食品、食べ残しなどの食品ロスで、2021年に約600万トンもの食料を廃棄している。日本の食品廃棄発生量は、中国、米国に続いて世界第3位だ。

食品ロスの半分近くは、家庭から排出されており、日本人一人当たりで、お茶碗一杯分の食べ物を毎日捨てている勘定になる。われわれは、食べられる量以上に食品を買い、余った分を惜しげもなく捨てているのだ。

他方、目を世界に向けると、新型ウイルス感染症のパンデミック、ウクライナ戦争、エネルギー危機、食料および肥料価格の高騰、気候変動の影響などによって、世界全体の食料安全保障が危ぶまれるに至っている。国連のSDGs(持続可能な開発目標)に関する2022年報告によれば、世界のおよそ10人に1人が飢餓に苦しんでおり、約3人に1人が十分な食料を定期的に得られていない。

このため、1億5000万人の5歳未満児が発育阻害に苦しんでいる。先般の広島G7サミットでもこの問題は取り上げられ、強靭なグローバル食糧安全保障に関する広島行動声明が出された。

食料価格の高騰は、世界各地で政治不安を呼び、暴動に発展する恐れがある。2007年から2008年にかけて、食料価格の劇的な高騰から、開発途上国の多くで政情不安や暴動が相次いだ。カメルーン、コートジボワール、エジプト、モロッコ、メキシコ、ハイチ、バングラデシュなどから、暴動や社会不安のニュースが届いた。

当時、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は、世界各地の国連の諸機関の幹部を集めてのテレビ会議を連日開催し、対応策を練った。その際に大活躍したのが、世界食糧計画(WFP)のジョゼット・シーラン事務局長だった。彼女は、当時の食糧危機を「サイレント津波」と呼んで、世界のマスコミにその緊急性を訴え続けた。シーラン女史は、その後、その活躍が認められて、2012年、第2回食の新潟国際賞の本賞を受賞した。この賞は、世界における食料の課題に目覚ましい成果を挙げた個人や団体を顕彰する権威ある賞だ。

目下「リベンジ消費」に躍起となっている日本や先進国の人々にとっては、スーパーでの食料価格の急激な高騰には高い関心があっても、途上国の食料危機や飢餓に直面する子供や多くの人々の窮状は、「サイレント津波」なのかもしれない。誰か、警報のサイレンを大きく鳴らす人がいないと、気がつかないままに、巨大な災害となって先進国をも襲う日がそのうちにやって来るかもしれない。

すでに警告を発している世界の識者もいる。フランスの知の巨人、ジャック・アタリ氏は、「命の経済」という考え方を提唱しており、これからの資本主義は、健康や教育、良質な食品と農業など命に関わる分野に重点を置くべきだとしきりに強調している。2020年に亡くなった山崎正和氏は、「コロナ危機は、近代人の秘められた傲慢に冷や水を浴びせ、人類の過去の文明、都市文明発祥以来の歴史への復帰を促す。自然との交渉の中で文明が勝つとの進歩主義イデオロギーはあきらめて、今回の経験が伝統的な日本の世界観、現実を無常と見る感受性の復活に繋がってほしい」(中央公論2020年7月号)との遺言を残した。

また、脚本家の倉本聰氏は、2022年の文藝春秋6月号で、「老人よ、電気を消して『貧幸』に戻ろう!浪費とはおさらば。子孫のために地球を洗い直す」と呼びかけて、大きな反響を呼んだ。

わたしたちの多くは、リベンジ消費や厄払いの乱痴気騒ぎにともすれば共感を覚えがちであるが、山崎氏や倉本氏の警鐘は、肝に銘じるべき至言といえよう。一度静かに立ち止まって、わたしたちの親たちが受け継いできた日本の伝統的な死生観や人生哲学をじっくりと考え直してみるのもよいかもしれない。

平家物語冒頭に言う「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」とは、歴史的真実を見事に言い表した、現下の世界にも通じる教訓ではないだろうか。

「狂騒の20年代」は、1929年のウオール街の大暴落から始まる世界恐慌、そして戦争の時代の始まりによって幕を閉じた。これから先、それと同じことが繰り返されるかもしれない。

「歴史は繰り返さない。されど韻を踏む」とマーク・トウェインが言ったと伝えられるが、ちょうど100年前の出来事を思い起こせば、リベンジ消費と狂騒にうつつを抜かしてばかりはいられないだろう。

■筆者プロフィール:赤阪清隆

公益財団法人ニッポンドットコム理事長。京都大学、ケンブリッジ大学卒。外務省国際社会協力部審議官ほか。経済協力開発機構(OECD)事務次長、国連事務次長、フォーリン・プレスセンター理事長等を歴任。2022年6月から現職。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携