中日関係の50年を経験した浜田和幸氏「両国はウィンウィンの実現に積極的に向かうべき」

人民網日本語版    2023年6月3日(土) 10時0分

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浜田和幸氏は政治・経済学者であり、かつて参議院議員に当選したこともあり、さらには書道家でもあるという多様な顔を持つ。だが、浜田氏と中国の深い縁については知らない人が多い。

浜田和幸氏は政治・経済学者であり、かつて参議院議員に当選したこともあり、さらには書道家でもあるという多様な顔を持つ。だが、浜田氏と中国の深い縁については知らない人が多い。

ラジオが結んだ中国との縁

浜田氏は中国の友人と会うと、自身も「中国」生まれだという冗談を言うのを好む。この「中国」は実は日本の「中国地方」、つまり鳥取、島根、岡山、広島、山口の5県のことだ。浜田氏のふるさとは鳥取県だ。

東京や大阪といった大都市と異なり、日本海沿岸の鳥取県は人口が少ない。浜田氏の少年時代はまだテレビが一般家庭に普及しておらず、ラジオが数少ない娯楽だった。だが鳥取県では、日中はラジオの電波さえも届きにくかった。余暇を充実させるため、浜田氏はラジオを自作した。すると思いがけないことに、夜が更けて人々が寝静まる頃にラジオをつけると、流れてくるのは東京のラジオではなく、「北京放送」、つまり中国の国際放送であることがしばしばだった。中国は一体どんな国なのだろう?浜田氏は次第に興味を抱いていった。


その影響で、高校卒業後に東京外国語大学に進学し、中国語の学習を始めた。当時、中国を取り巻く国際関係は大きく変化していた。米国のニクソン大統領の訪中に続き、日本の田中角栄首相も訪中し、中日は国交を正常化した。日本と中国の関係は今後どこへ向かうのだろうか?浜田氏はこの問題をより深く考えるようになった。

中国との貴重な思い出を持つ

大学卒業後、浜田氏は新日本製鉄所に入社した。当時、改革開放に重要な貢献をした新日鉄の稲山嘉寛会長が、新日鉄を率いて上海宝山製鉄所の建設を全力で支援していた。浜田氏も宝山製鉄から来た従業員への研修作業に参加した。当時、宝山製鉄から研修のため新日鉄に来た従業員は300人余りで、稲山会長が自ら新日鉄側の担当者に「皆さんは両国間の真の紐帯であり、経済協力と技術協力の最前線にいる」と語った。

中日国交正常化前後の当時を振り返ると、浜田氏は感慨深げに「国交正常化からすでに50年を迎える。両国間の長い友好の歴史において、50年は一瞬に過ぎないが、私の人生においては非常に貴重な歳月だ」と語る。

浜田氏は「私が研鑽に専念している書道の『漢字』も、別の側面から中日関係を体現し、象徴している。中日両国には長い歴史があり、互いに融け合い切り離せない」と指摘し、中日国交正常化後の50年だけでなく、中国との世々代々の相互信頼と協力、共存・共栄の関係をいかに確立するかが、日本にとって非常に重要だとの考えを示す。


日本は「一帯一路」に参加してウィンウィンを実現すべき

中日国交正常化50年を経験し、その目で見てきた浜田氏は「経済だけを考えても、日本にとって中国との相互依存関係は米国を超える。したがって、中国の打ち出した『一帯一路』(the Belt and Road)イニシアティブは、中国だけの事業ではなく、日本を含む世界各国がいずれも参加すべき構想だ。日本は中国と『一帯一路』イニシアティブの実行において協力し、相互補完し、第三国市場の開拓の面で協力を実施し、ウィンウィンを実現すべきだ」とする。このため、浜田氏は自ら日本の民間団体「日中一帯一路促進会」の最高顧問に就任しており、自らの行動を通じて、「一帯一路」協力の持つ可能性をさらに拡大することを望んでいる。

浜田氏は「中日両国はもっと交流し、前向きに進み、双方間の協力によって生み出されるプラスの成果に焦点を合わせるべきだ。双方間の違いばかりに目を向けて、相手国を『信頼できない』と強調してはいけない。これは消極的だし意義がないことだ」とした。また「遠くない将来、新型コロナウイルス感染症のパンデミック前と同様に、中国での関連会議に度々参加し、中国の学者や専門家と直接意見交換し、中日関係の未来について議論できるようになることを期待する」と語る。(提供/人民網日本語版・編集/NA)

※記事中の中国をはじめとする海外メディアの報道部分、およびネットユーザーの投稿部分は、各現地メディアあるいは投稿者個人の見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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