多文化教育経験談(2)高校進学の段階でようやく息子の日本語能力不足に気づく

武 小燕    2022年11月26日(土) 15時0分

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「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果の概要」によれば、2021年5月1日現在、小中高校の公立校における日本語指導が必要な児童生徒数は最高値の5万8353人を更新しました。資料写真。

今年4月に文科省が発表した「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果の概要」によれば、2021年5月1日現在、小中高校の公立校における日本語指導が必要な児童生徒数は最高値の5万8353人を更新しました。そのうち、外国籍の児童生徒は4万7627人です。日本国籍の児童生徒は1万726人ですが、その中に日本語を使用する児童生徒は3107人しかいません。すなわち、日本語指導が必要な児童生徒には帰国子女も含めますが、多文化世帯の子どもが少なくとも93%を占めています。

これらは学校に日本語指導が必要だと判断された子どもの人数です。実際に日本語が不十分なのに日本語指導が受けられていない子どもの存在を関係者からよく聞きます。それは予算不足、担当者不足、または学校側の認識不足などの要因によるものが多いと言われています。上記の文科省調査においても、日本語指導が必要だと判断された子どもでさえ、外国籍73.4%、日本国籍67.5%の児童生徒しか日本語指導の「特別の教育課程」を受けていません。それを実施しない理由の中で最も多くの学校に挙げられたのは「担当教員がいないため」でした。理由は何であれ、結果的に日本語指導が必要な児童生徒の高校進学率、大学進学率、就職率などが全国の児童生徒に比べて大きく下回ります。

拙稿の「多文化教育経験談(1)」では、娘の日本語力不足と学校の対応について述べました。私はいまだに娘が上記の「日本語指導が必要な児童生徒」に計上されたかどうかが分かりません。文科省によれば、日本語指導が必要かどうかの判断は、「日本語指導担当教員をはじめ、児童生徒の担任や各教科を担当する教員、日本語指導補助者など複数人により」行われ、「実際の指導に当たっては、保護者や本人にも十分説明を行う」(文科省HP「日本語指導の対象となる児童生徒」)ことと明示されているが、私の知る限りではそのような複数教員による判断を行ったことがなく、学校からも実際の指導に関する説明を受けたことがありませんでした。どちらかというと、親として子どもの日本語力を心配して学校に懇望した結果、何らかの対策を取っていただきましたが、それは「特別の教育課程」の編成・実施計画に基づくほどのものではありませんでした。娘のようなケースはもっと多くの数として存在しているはずです。

中3の息子さんのA君を持つ知人がいます。知人夫婦は中華料理屋を経営しており、A君は小2の際に中国から来日し、公立小学校に通うようになりました。知人夫婦は日本語があまり得意ではありませんが、息子の成長に大きな期待をしています。学校では最初の半年に日本語指導を受けて終了となりましたが、その後、知人夫婦は息子を塾に通わせ、国語や算数を学ばせました。塾通いは今も続いています。日本語のあまり分からない知人夫婦は、息子が学校にも塾にも順調に通っているし、特に先生たちから日本語不足や学力不足を指摘されていないため、すっかり安心して、息子がいい高校に進学できると信じ込んでいました。しかし、中3の進路指導で初めてA君が普通高校への進学が厳しいと知りました。望ましい進学の障害となるのは学力の不十分で、特に国語や他教科の文章題が苦手だと分かりました。

なぜこうした問題がこれまで把握できなかったのか知人夫婦に尋ねてみたら、彼らの日本語能力および日本と中国の学校における評価基準の違いが原因だと分かりました。保護者の日本語能力が不十分のため、学校や塾の先生と十分なコミュニケーションが取れなかったのです。また、中国の学校ではとにかく教員も親も成績重視で、成績の良し悪しについて必ず教員と保護者の情報共有が図られますが、日本の学校とりわけ義務教育段階では成績がそれほど評価の中心に置かれず、人間関係などの総合的な評価を重視されます。勉強が苦手だが、友人が多いA君に対して先生の評価はいつも高かったそうです。先生から高評価を受けていたため、知人夫婦は息子が勉強もまったく問題ないと思っていました。また、日本の学校の成績通知表が中国の成績通知表よりずいぶん複雑であり、その見方を知らない知人夫婦はそこから息子の成績を読み取ることができませんでした。塾についてもほぼ同じことが言えます。塾の先生とのコミュニケーションがほとんど取れず、成績表の見方も分かりませんでした。結局、息子の実際の日本語能力が把握できず、想像上の安心感の中で息子に大きな期待を持ち続けました。しかし、息子が人生の選択に初めて臨んだ際に、知人夫婦も初めて息子の現実を知ることになりました。

このような事例は多文化世帯の保護者から複数聞いたことがあり、決して珍しくありません。高校進学の際に初めて子どもの日本語能力不足を知り、それを高めようとしても、もう手遅れで、親は悔しさだけが残ってしまいます。

日本語能力が不足している子どものフォローを日本語の分からない保護者にさせるのは非現実的です。児童生徒の日本語能力を一番把握しているのは学校の先生です。その子の現在だけでなく、未来にも目を向けて、より多くの人生の選択肢を提供してあげられるようになるためにも、日本語指導がその第一歩だと言えます。

■筆者プロフィール:武 小燕

中国出身、愛知県在住。中国の大学で日本語を学んだ後、日系企業に入社。2002年に日本留学し、2011年に名古屋大学で博士号(教育学)を取得。単著『改革開放後中国の愛国主義教育:社会の近代化と徳育の機能をめぐって』、共著『変容する中華世界の教育とアイデンティティ』、『歴史教育の比較史』、研究報告書『多文化世帯に生きる子どもたちの言語習得に関する実証研究:愛知県における中国系世帯とブラジル系世帯の比較を通して』などがある。現在名古屋付近の大学で研究と教育に取り組んでいる。一児の母として多文化教育を実践中。教育、子育て、社会文化について幅広く関心をもっている。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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