アダム・スミスから渋沢栄一まで、儒教が経済思想に及ぼした影響とは―専門家が紹介

中国新聞社    2022年11月21日(月) 22時30分

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世界の多くの古代思想や宗教とは異なり、儒教には「金もうけ」を積極的に考える特徴がある。儒教はアダムスミスから渋沢栄一まで、世界の経済思想に影響を与えたという。写真は渋沢栄一の似顔絵が見える郵便ポスト。

世界の古い思想や宗教の多くは「金もうけ」を「悪」と考えた。そこまでではなくとも、「金もうけ」を求める欲望に否定的であることが多かった。しかし中国では違った。主流の思想となった儒教は、人としての考え方や行動規範については厳格な態度を取ったが、「金もうけ」を否定していない。中国では、儒教の考えや行動規範をしっかりと守る経済人を儒商と呼ぶ。中国国外でも近代経済が発達すると、儒商あるいは儒商と同様な考え方が受け入れられた。尼山世界儒学センター孟子研究院の陳暁霞院長は、このほど中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、中国内外の「儒商」の状況を紹介した。以下は、陳院長の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

■中国では紀元前に「商売の徳」を重んじる儒商が出現

儒商と呼ばれる人々が形成されたのは、春秋戦国時代(紀元前771年-同221年)だ。その代表は、孔子の高弟であり、同時に「儒商の始祖」と呼ばれる子貢(紀元前520-同446年)だ。子貢が商才に長け裕福だったことは、司馬遷(紀元前145年頃-同86年頃)が著した史記にも書かれている。

儒商とは、儒教文化を身に付け、儒教文化を実践しつつ経済活動を営む存在だ。その特徴の一つとして、人を中心に考え、誠実で信頼を守ることがある。そして、極端な考え方や行動は否定され、調和を保つことが求められる。この考え方は「尚中貴和(『中』をたっとび『和』を貴しとする)」の言葉で表現できる。儒商は、人間関係を円満にして、経済活動でも協力しあうことを重視する。競争は存在しても、あくまでも公平な「王者の競争」であり、対決をあおることは避ける。これが彼らの道義だ。

また、「礼記・大学」には「まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たに」という言葉がある。物事は時々刻々変化し、時代と共に変化する。この、「変化は常態である」との見方が儒商の経営観を形成した。また、儒商は中国で発達した「天人合一」という考えも重視した。「天と人は融合する存在であり、分離されたものではない」ということだ。この考え方を現在に適用すれば、生命や自然の尊重、ひいては自然環境の保護や資源の節約にもつながる。つまり持続可能な経済を目指すことになる。

■中国の「儒教に依拠する経済思想」は西洋でも称賛

歴史を通じて、中国から外国にもたらされた事物や技術は多い。例えば、火薬や羅針盤、製紙術、印刷術は中国で完成されて海外に広まった。1275年ごろに中国を訪れたイタリア人商人のマルコ・ポールにっよるとされる東方見聞録は、西洋人の中国に対する関心を改めて高めた。16世紀にはマテオ・リッチを代表とするキリスト教の宣教師が中国に滞在し、西洋の科学技術や文化を中国に紹介する一方で、儒家の経済思想や儒教文化を西洋に伝えた。

17世紀までの経済学はまだ独立した学問体系にはなっていなかった。経済学の萌芽(ほうが)期に、西洋の学者が儒家の経済思想や儒商の伝統を知ったことは、経済における経済思想の形成に影響を与えた。

西洋経済学の開祖とされるアダム・スミスが著した「道徳感情論」や「国富論」では、他者の利益に配慮する考えが表明している。このことは、「論語・雍也」にある、「仁者は、己(おのれ)が立たんと欲して人を立て、己が達せんと欲して人を達す」、つまり「仁者とは、自分が身を立てたいと思えば人の身を建て、自分が伸びたいと思うなら人を伸びさせてやる」という考え方の影響を強く受けたと考えられている。

20世紀になると、思想家で米国に留学してコロンビア大学で博士号を取得した陳煥章が1911年に、米国で「孔子とその学派の経済学原理」という英文の著作を発表した。この著作は、、儒家の経済思想を西洋経済学の原理と要素と関連付けて、英文読者向けに儒家の経済概念による経済倫理思想を系統的に詳解した。

ドイツの著名は宗教社会学者のマックス・ヴェーバー(1864-1920年)や広く活動した経済学者のヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950年)も、儒家の経済思想や儒商文化を高く評価した。

■日本でも渋沢栄一や豊田佐吉など多くの経済人が「儒商の精神」を継承

日本に儒教が伝わった年代については諸説があるが、5世紀ごろにはすでに伝わっていたと考えられる。儒教は日本人の生活や文化に強い影響を与えるようになった。明治維新により本格的な近代化が始まっても、日本では儒商的な考え方が強い影響力を保った。

卓越した企業家で、明治から昭和にかけてさまざまな産業を興した渋沢栄一(1840-1931年)が著した「論語と算盤」に心酔する日本人は、今も多い。渋沢は生涯にわたり孔子の教えを崇拝し、「論語」をわが身を立てるための至聖の真理と見なした。

卓越した経営者で経済団体連合会の第4代会長も務めた土光敏夫(1896-1988年)は、革新性に富む一方で儒商文化を持ち続けた。彼は「大学」にある「まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たに」の文句を座右の銘にした。

自動織機を発明し、トヨタグループの基礎を確立した豊田佐吉(1867-1930年)は、「孟子・公孫丑」の「天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず、地の利は人の和に及ばず」の言葉を企業経営の理念にした。佐吉の子でトヨタ自動車を設立した豊田喜一郎(1894-1952年)は、父親の座右の銘に「中庸」にある言葉の「学を好むは知に近く、力(つと)めて行うは仁に近し」を追加して、いずれも自らの座右の銘とした。

儒商文化は経済により国を豊かにする根本となり、企業家の経営管理を導く光となる。現在の世界にとって、平和と発展は依然として最も重要なテーマだ。儒商文化は中華の優れた伝統文化であり、世界各国の優れた経済思想や文化と共に、世界の経済と社会の調和と繁栄を創出するために、新たな貢献をすると信じる。(構成 / 如月隼人

※記事中の中国をはじめとする海外メディアの報道部分、およびネットユーザーの投稿部分は、各現地メディアあるいは投稿者個人の見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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