カリスマ経営者・稲盛和夫氏の「足るを知る」生き方―温暖化抑制へ身の丈に合った生活を

長田浩一    2022年9月3日(土) 7時0分

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京セラの創業者で、2010年には経営破綻した日本航空の会長に就任して再建に尽力した稲盛和夫氏が、8月下旬に亡くなった。写真は北京の大学図書館。追悼の意を込めて稲盛和夫氏の本を展示している。

京セラの創業者で、2010年には経営破綻した日本航空の会長に就任して再建に尽力した稲盛和夫氏が、8月下旬に亡くなった。稲盛氏の経営哲学は海外でも有名。特に中国では、著書がベストセラーになるなど多数の“稲盛信者”が存在し、死去のニュースはSNSの微博(ウェイボー)で検索ランキングのトップになったという。内外で大きな足跡を残した偉大なカリスマ経営者に、謹んで哀悼の意を表したい。

◆「地球の資源は無限じゃない」

私事で恐縮だが、筆者は通信社に勤務していた1990年代から2000年代初めにかけて、数回にわたり少人数の酒席で稲盛氏とご一緒する幸運に恵まれた。親子ほどにも年の離れたわれわれ報道関係者にも丁寧に対応し、自らの経営哲学を優しい語り口で述べられていたと記憶する。

とりわけ印象深いのが、稲盛氏が「日本人は、もっと『足るを知る』必要がある」と繰り返し語っていたことだ。お会いしたときには、いつもこのフレーズを何度も口にされており、いわゆる稲盛哲学の中でも、特に重要な要素の一つだったのは間違いない。

では、「足るを知る」とはどういうことか。出身地鹿児島の放送局であるMBC南日本放送のHPによると、2015年のインタビューで次のように述べていた。長くなるが引用する。

「日本の経済というのは、国民が贅沢をしてくれなければ、国が発展しないと。つまり、消費に頼った経済発展といいますかね。地球上にある資源というのは有限ですから、無限じゃありませんから、そういうものを有効に使って、足るを知るというような生き方をしなきゃいけないのにも関わらず、経済という指標からいくと、贅沢をもっともっと。浪費をするべきだと。という論調になっていくので、今の経済のメカニズムそのものを根本から考えなければならないという時が来るんじゃないだろうかという気がしますね。果たして、今までの経済政策でいいのだろうかとそういう疑問が出てきてしかるべきじゃなかろうかという気がしますけど」(以上、原文のまま)

◆稲盛哲学の真骨頂

現在の日本経済は消費に支えられており、国民が贅沢をすれば発展すると考えられている。しかし地球の資源は有限であり、いつまでも浪費は続けられない。国民は贅沢をせず身の丈に合った生き方を選択すべきだし、経済政策も成長重視から転換すべきだ―意訳すればそんなところだろうか。

こうした考え方は、ローマクラブが1972年に「成長の限界」と題した報告書を発表して以来、一部の識者が提唱しており、目新しいものではない。しかし、稲盛氏以外の日本人の経営者で、それも今ほど気候変動の問題が深刻視されていなかった1990年代から、「地球の資源は有限だ、身の丈に合った生活をしよう」と公言していた例を、筆者は寡聞にして知らない。稲盛哲学の真骨頂といえるだろう。

◆一段と深刻な気候変動

正直に告白すれば、稲盛氏のこの考え方について、筆者はつい最近まで「気持ちは分かるけど、やはり経済は成長しないとうまく回らないだろう」と、やや否定的に受け止めていた。しかし、ここにきて二つの理由から、より前向きにとらえるようになってきた。

理由の一つが、一段と深刻さを増す気候変動だ。この夏、東京では猛暑日の日数が8月末までに16日を数え、これまで最多だった13日を超えて過去最高を更新した。暑かったのは日本だけではない。報道によると、中国では長江流域が記録的な猛暑と水不足に見舞われ、農産物が大きな被害を受けた。欧州でも記録的な高温と干ばつが続き、欧州委員会は「過去500年で最悪」と強い危機感を表明。一方でパキスタンでは大規模な洪水が発生し、国土の3分の1が水没するという前代未聞の事態が発生したという。いずれも、地球温暖化に伴う気候変動が、異常気象の形で表面化したもの。温暖化対策は待ったなしだ。

◆3%成長で経済規模は2100年に11倍!

もう一つの理由が、このまま世界経済が成長を続けていけば、とんでもない規模になるという事実を突きつけられたことだ。

皆さんは、世界経済が年平均3%成長を続けるとしたら、どう思われるだろうか。筆者は「高すぎず低すぎず。開発途上国にも先進国にも居心地のいい水準」と思っていた。ところが、バルセロナ自治大学のヨルゴス・カリス教授らが著した「なぜ、脱成長なのか」(2021年NHK出版)によると、3%成長が続いた場合、2100年には世界の経済規模は現在の11倍(!)になる。「環境にやさしい生産体制に大きく移行していたとしても、環境負荷が何倍にも増加する」(同書)のは間違いない。現在でもこれだけの異常気象に直面しているのに、11倍になった世界経済の下で地球はどうなるのか。想像もつかない。

経済規模は複利計算で大きくなっていくので、3%成長が続いたらこうなることは簡単な計算でわかる(ちなみに24年で2倍、55年で5倍、100年では19倍になる)。しかし、多くの人はその事実から目を背けて「緩やかな成長なら環境への負荷はそれほど大きくならない」と思い込んでいたのではないか。少なくとも筆者はそうだった。

◆地球を守るために何ができるのか

こうした事実を突きつけられると、地球上に生きるわれわれが22世紀に向けて生き延びていくには、個人として「足るを知る」生き方を選択し、政策としては「意図してスローな社会を作る」(同書)ほかないように思えてくる。それにより温室効果ガスの排出を可能な限り抑制し、環境への負荷を最小限にとどめて温暖化の進行に歯止めをかけるのだ。

個人の意識や制度、政策のすべてが経済成長を前提にしている現代社会において、そうした転換は極めて難しいだろう。ただ、新型コロナウイルスの流行の初期段階で、多くの国はロックダウンないしそれに近い措置に踏み切った。ロックダウンとは「国民の生活のために経済を犠牲にするという、資本主義の歴史上でも極めて例外的な事態」(斎藤幸平大阪市立大学大学院准教授)だ。国民の健康を守るために経済活動を止めることができたのだから、地球を守るために思い切った対応を取ることも可能なのではないか。今後の議論の行方に注目したい。

■筆者プロフィール:長田浩一

1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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