民主主義を問われるべきは誰か―元首相の死を報じるメディアへの違和感

片岡伸行    2022年7月13日(水) 12時30分

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演説中に銃撃を受けた元首相の死(2022年7月8日)に対し、多くのメデイアは「民主主義の根幹を揺るがす」「民主主義を否定する蛮行」とか「民主主義が問われる」などと報じた。

演説中に銃撃を受けた元首相の死(2022年7月8日)に対し、多くのメデイアは「民主主義の根幹を揺るがす」「民主主義を否定する蛮行」とか「民主主義が問われる」などと報じた。容疑者の行為は罪に問われるだろう。しかし、「民主主義が問われる」行為はむしろ、歴代最長の在任記録をもつ元首相の側にあったのではないか(以下、敬称略)。

◆「従軍慰安婦」問題への介入と責任否定

安倍晋三は2012年12月の第2次政権以降、2020年9月まで7年8カ月間にわたり首相を務めた。内閣官房副長官時代(2000年7月〜03年9月)、「従軍慰安婦」を扱ったNHKの「女性国際戦犯法廷」(2001年1月放映)の番組内容に介入したとして問題になったが、この行為は不問に付された。その年(2001年)、自民党は「放送活性化検討委員会」や「テレビ報道番組検証委員会」なる組織をつくり、放送監視を強めていく。

第1次政権時の2007年3月、安倍は「従軍慰安婦」について「強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかった」旨の国会発言をし、『ワシントン・ポスト』や『CNN』テレビなど欧米メデイアから「日本自身の戦争犯罪に目をつぶっている」などと一斉に批判を浴びた。被害当事国の一つ韓国の『ハンギョレ』紙は「まだ多くの慰安婦ハルモニ(おばあさん)が、その当時の苦痛を持ったまま生きている。安倍首相をはじめとする日本政府の官吏の発言は、傷口に塩を塗る重大な現在進行形の人権侵害だ」と批判した。

こうした批判に対抗するように、桜井よしこら安倍応援団による「歴史事実委員会」は2007年6月14日付の『ワシントン・ポスト』と、米国ニュージャージー州の地元紙『スターレッジャー』2012年11月4日付にそれぞれ、安倍の主張に沿って慰安婦の強制性と日本政府の責任を否定する意見広告を掲載。自民党、民主党(当時)の国会議員がずらりと賛同人に名を連ね、『スターレッジャー』紙には首相に返り咲く前の安倍の名もあった。

過去の侵略戦争や戦争犯罪を不問に付す(あるいは都合よく解釈したり矮小化・擁護・美化する)ことにつながる一連の言動は、歴史修正主義そのものである。過去になされた行為を黒塗りにしようとすることこそ恥ずべき行為であり、他国(とくに被害当事国)の信頼を損ね、ひいては国益を害する。今に続く隣国とのギクシャクした関係を招いたこれらの言動にこそ、政治家の倫理性を問う民度=民主主義が試されるのではないか。

◆「戦争法」をめぐる憲法解釈捻じ曲げとメディア対応 

2013年12月の特定秘密保護法の成立から2015年9月の戦争法(安全保障関連法)成立まで、安倍政権は一貫して「積極的平和主義」という名の「戦争のできる国」への法整備を実施してきた。この間、2014年7月1日には「憲法上許されない」とされてきた「集団的自衛権の行使」を容認する閣議決定をし、「戦争の放棄、戦力の不保持および交戦権の否認」を明記した憲法9条を骨抜きにした。一政権の閣議決定だけで憲法解釈を変えるというこの手法こそ「民主主義を否定する蛮行」ではないのか。

その過程において問題になったメディア弾圧ないし支配をめぐる出来事の一部を挙げておく。

▼2014年1月25日 安倍首相に近いとされる籾井勝人NHK会長(当時)は就任会見で、「従軍慰安婦」について「戦争をしているどこの国にもあった」と事実に反する御託を並べ、「政府が右ということを、左というわけにはいかない」と発言。▼同年11月20日 衆議院解散直前に自民党筆頭副幹事長(萩生田光一)名で在京テレビキー局各社に「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」とする要請文を送付。▼2015年2月 テレビ、新聞各社に「テロ対応」を批判しないよう要請。▼同年3月 テレビ朝日「報道ステーション」でコメンテーターの古賀茂明氏が官邸からの圧力を暴露。同月、番組を降板。▼同年4月17日 自民党の情報通信戦略調査会がNHKとテレビ朝日の幹部を呼び出して異例の事情聴取。▼同年6月25日 安倍首相を支持する若手の自民党議員の勉強会「文化芸術懇談会」で「マスコミを懲らしめるなら広告料収入がなくなるのが一番」(大西英男衆議)などと発言。2016年春には、「クローズアップ現代」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「ニュース23」(TBSテレビ)と、比較的「硬派」とされる報道番組で政権に物申してきたキャスターが相次いで降板した。

この間、安倍との食事会やゴルフなどにメディア企業トップや自称・ジャーナリストらがこぞって参加し批判を浴びた。「権力の補完装置」と揶揄される日本のメディア体質も問われなければならないが、冒頭のNHK番組介入問題から一貫しているメデイア対応(あるいは弾圧、支配)の構図もまた「民主主義の根幹を揺るがす」ものではないのか。

◆「モリカケ桜」公文書改ざんと虚偽答弁

2017年2月に問題化した「森友学園問題」では、妻・昭恵の学園支援の言動や安倍からの「100万円の寄付」など関与の数々が明らかになる。2018年6月には財務省が土地取引をめぐる昭恵関与の記述など森友文書の改ざんを認めたが、「私や妻が関与していたら、総理大臣も国会議員も辞める」旨の国会発言(2017年2月17日)について、安倍はグダグダとごまかし続けた。2018年3月には公文書改ざんを命じられ実行した近畿財務局の職員が自殺し、その後、裁判となったが、国側は一方的にカネを払って真相をうやむやにした。言うまでもなく、公文書は「民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(公文書管理法第1条)である。

2017年3月には国家戦略特区による獣医学部の新設をめぐる「加計学園問題」が浮上し、「総理のご意向」文書や前川喜平文科事務次官(当時)への政権側からの圧力などが明らかに。加計学園の理事長は安倍と旧知の友人で、国家戦略特区諮問会議の議長は安倍である。加計学園グループには妻・昭恵や政権幹部・参与らが関わっており、獣医学部新設は「首相案件」として取り扱われていた。特区への認定は首相権力への「忖度」であり「公正であるべき行政が歪められた」との批判が渦巻いたが、結局、文科省は開学を認可し、疑惑の数々も霧散した。

2019年5月に表面化した総理大臣主催の「桜を見る会」問題では、「各界で功労・功績のあった人」ではなく後援会の支援者らを招待して公職選挙法違反(買収)の疑いで告発が相次いだ。野党から追及されると、その招待者名簿はシュレッダーにかけられ、闇に葬られた。安倍後援会の前夜祭が開かれた高級ホテルでのパーティーには破格の「1人5000円」で参加でき、「その場で発行された」(安倍)とされる領収書の存在も不明のまま。衆院調査局は2020年12月、「桜」疑惑に関連した安倍の国会答弁のうち、2019年11月から20年3月までの約5カ月間に「虚偽答弁」が118回あったと発表したが、偽証罪に問われることはなかった。その後明らかになった前夜祭でのサントリーからの酒類提供にも告発が相次ぎ、現在進行形の問題である。

これら一連の疑惑は「民主主義が問われる」どころか、国政の私物化であり、「民主主義の根幹を揺るがす」ものだ。国権の最高機関とされる国会で118回も嘘を言い続けながら、憲法53条に基づく野党の臨時国会召集要求に応じなかった。にもかかわらずそれを容認した政権与党(自民党と公明党)および両党に投票した有権者にこそ「民主主義が問われる」べきであろう。

■筆者プロフィール:片岡伸行

2006年『週刊金曜日』入社。総合企画室長、副編集長など歴任。2019年2月に定年退職後、同誌契約記者として取材・執筆。2022年2月以降、フリーに。民医連系月刊誌『いつでも元気』で「神々のルーツ」を長期連載中。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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