<日中100人 生の声>コロナも「糾える縄」のように―池上正治 作家・翻訳家

和華    2022年5月14日(土) 20時0分

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振りかえると、2020年の春から今年の夏まで、キャンセルないし延期した予定や行事は少なくない。写真:チョモランマを背に(2004年6月)

武漢あたりで変な風邪が流行ってるそうですが…」と電話してきたのは、情報通のK君である。昨年(2020)の正月のことと記憶する。まだこちらの意識にはなかったが、とっさに思いだしたのは、約20年前の「サーズ」のことである。

サーズ(重症急性呼吸器症候群。中国の通称は「非典」)は、2003年11月、広東での発症が報告され、翌04年8月には終息した。計32カ国で、8096人が感染し、死亡は774人。それは21世紀初のパンデミック(世界的大流行)として大々的に報道され、関西空港などでは大がかりな防疫態勢が取られた。

実は2004年6月に、友人たちとチベット旅行を予定していた。皆で相談し、旅行の延期の可能性をふくめ、このサーズはいつまで続くのかなど議論をする。マスコミの影響もあり、友人のほとんどは数年(それ以上?)としたが、筆者だけは、来夏以前、とした。それは医学的な根拠があってのことではなく、どちらかといえば、希望的な意見だったのだが、見事に的中した。

しかしながら、コロナでは予想が外れた。2020年6月に予定していた中国旅行の相談会でのこと。サーズと同様、コロナにも季節性があるだろうと考えて、秋の終りまでの延期を提案した。結果的に、その延期は現在までつづき、コロナ終息の見通しは立っていない。

そうさせた人的要因の一つは、一部の国の指導者が、医学者の忠告に耳をかさず、愚かな行動をしたことである。もう一つの要因は、ウイルスの変異である。ウイルスも生命であり、環境におうじて自己の増殖に励む。これは科学的に予見できることだ。

今回のコロナは、パンデミックの規模がサーズと大きく異なる。現時点(2021年8月下旬)で、世界の計222の国や地域で、2億1254万4576人が感染し、死亡は444万1429人。日本の人口は世界の約2パーセントだが、感染134万4000人、死者1万5721人。

人類の歴史に数あるパンデミック(世界的大流行)から、二つだけ確認しておこう。14世紀、ペストがヨーロッパで大流行し、推定では欧州人口の3分の1にあたる約5000万人が死亡したという。

二つ目は、20世紀の「スペイン風邪」。その名とは異なり、発源地は米国カンザス州の陸軍基地である。3年がかり、当時18億だった全人口の約半数が罹患し、推定死者は5000万人とされる。

振りかえると、2020年の春から今年の夏まで、キャンセルないし延期した予定や行事は少なくない。ざっと数えて、講演8、国内での会議6、外国での会議2、中国旅行5のほか、恒例の新年会や望(忘)年会、楽しみにしていた同窓会なども全て中止である。

個人的な痛根事は、1977年以来の連年の訪中記録が2019年で途絶えたこと。

だがしかし、「禍福は糾える縄のごとし」(司馬遷)ともいう。その伝でいえば、前者のペストは二つの文学作品を生んだ。A・カミュの『ペスト』と、D・デフォーの『ペスト』である。またスペイン風邪は、第一次世界大戦の終結を早めたという。

わが住まう板橋区(東京都)は、人口57万、面積32平方キロ、わが家から最寄り駅までは周知であるが、それ以外はあまり知らない。そこで時間を制限せず、老夫婦2人で気ままに歩くことにした。意外にも、発見の連続である。蓮根川緑道とか、出井川緑道と名づけられた散歩道は、かつて小川が流れていたラインである。広くはないが、ほどよく曲がっており、車とは無縁、人にやさしい環境だ。人さまの庭先などを飾る草花も、その住人の趣味を反映しており、なんとも微笑ましい。週2~3回、この地元の探索を勝手に遠歩(えんぼ)と名づけた。

遠歩で荒川の畔へ(2020年春)

板橋区は、北区とともに東京の一番北にあり、さらに北にある埼玉県とは荒川を隔てている。その荒川河川敷の一帯はよく整備されており、野球グラウンドやジョギングコースのほか、野鳥のサンクチュアリもある。すこし長い遠歩をすれば、わが家から荒川まで行けるし、自然を満喫できることが分かった。この新知識は「コロナのお陰」?(笑)。

スマホの1つの機能である歩数計によれば、われらの遠歩は、短いもので1万歩ほど、長いときには2万歩以上である。距離にすると6キロ~10キロ以上となる。時間は4キロで1時間と思えばいい。この間の遠歩により、板橋区内ならば地図なしで歩けるようになったし、脚力もついてきたように感じる。

入手はしたが、ずっと読んでない本や雑誌がかなりあった。「積ん読」である。外出が制限され、家にいる時間が長くなった機会に、それらの多くに目を通した。

メールはすでに生活の一部である。コロナの期間中、メールが往来する数は確実に増えた。講演や会議で会えるはずだった人たちと、また外国の知り合いたちと、久しぶりに長文のメール交信をする。これもまたいいものだ。

ズーム会議は月に数回だが、もうすっかり慣れた。パソコンの画面は大きくないが、勉強会ではすいぶんと役立つ。遠方の友人や外国にいる知人と、顔を見ながら話ができる。世の中がIT化して、ずいぶんと便利になったものだ!

微信(WeChat=日本のLINEに相当)に先生も参加をと、中国の友人や教え子から誘われて久しい。だが年齢とともに、新しいことが面倒になり、応じないでいたが、コロナを機に心を入れ替えた。約40年前、天津にある南開大学で2年間、教壇に立った。その時の教え子たちが中国・日本・韓国・米国などにいる。彼らや彼女たちを中心にしたグループ微信に参加することにした(手統きは当然、教え子にやってもらう)。発信は日本語でも中国語でもOKである。試しにこちらの近況を伝えると、すぐに十数通の返信があり、驚喜する。ただその多くは絵文字であり、いささか残念だ。短かくてもいいし、日本語でなくてもいいから、できれば言葉で返信を…などと希望している、昨今である。

※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。

■筆者プロフィール:池上正治(いけがみしょうじ)


作家・翻訳家。1946年、新潟県生まれ。東京外国語大学中国科卒。1967年の初訪中以来33年をかけて、大陸にある33の省市区と台湾に足跡を印す。訪中の回数は300余回。著書は『気で読む中国思想』『龍と人の文化史百科』等、訳書は『中国老人医学』『中国科学幻想小説事始』等、編著は『中国旅行全書』等、総計70余冊。

※本記事はニュース提供社の記事であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。すべてのコンテンツの著作権は、ニュース提供社に帰属します。

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