日本のアニメ黄金時代はもう過去のものか?―中国メディア

人民網日本語版    2022年3月3日(木) 20時40分

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アニメはこれまでずっと日本の重要な文化的シンボルマーク1つだった。アニメアートは日本だけのものではないが、日本の作品が持つ芸術スタイルや産業規模により、世界の中で独自の位置を占めてきたことは確かだ。

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アニメはこれまでずっと日本の重要な文化的シンボルマーク1つだった。アニメアートは日本だけのものではないが、日本の作品が持つ芸術スタイルや産業規模により、世界の中で独自の位置を占めてきたことは確かだ。今や、日本にとって名実ともに国の「ソフトパワー」でもある。

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1980年代から90年代末にかけて、日本のアニメ生産量はそれ以前を大きく上回り、その中には質の高い名作とされるオリジナル作品も大量に含まれていた。作風は極めて豊富になり多様化し、産業規模や協業レベルもこの時期は世界の他国を大きく引き離していた。

日本のアニメと言えば、宮崎駿氏の存在を真っ先に思い浮かべる人が多い。「天空の城ラピュタ」から「風立ちぬ」まで、宮崎作品には心を癒やす力がある。

宮崎氏は日本で今存命のアニメーターの中で最もキャリアの長い先達の一人であり、日本のアニメ映画の歴史における代表的な人物であり、戦後日本アニメの一里塚となる作品に多く関わったか監督を務めており、日本のみならず世界の大衆文化に幅広い影響を与えてきた。宮崎作品の魅力は娯楽性の高さにあるだけでなく、社会的責任の意識や時代に対する鋭い洞察を含むところも魅力だ。

宮崎作品はただ華やかな外面的効果を重視するだけでなく、かすかな心の内の変化も大切にし、見る人は年齢に関係なく、創造された時空の中に引き込まれ、キャラクターに共感しリアルな感情を体験することができる。

共感とは観客が物語のキャラクターに投影する感情である一方で、現実とは私たちの人生における予測不可能性のリアルな描写だ。宮崎氏の紡ぐストーリーの核心には必ず現実的な意味が含まれており、神や妖怪・伝説といったファンタジー要素を取り払った人間性の一面こそが、宮崎作品が常に一番大切にしてきたことだ。

宮崎氏のほかに巨匠はいないのだろうか。実は他にも高畑勲氏、押井守氏、富野由悠季氏、大友克洋氏、安彦良和氏、かわぐちかいじ氏などの世界レベルの影響力を持つ巨匠がいる。1960年代から70年代に青春期を過ごし、戦後の社会運動ブームを経験した世代で、日本のアニメ産業に共に身を投じて、日本アニメの黄金時代を作り上げた人々だ。

ここ数年、日本のアニメ産業は高度に市場化、商業化、大規模化しており、この属性がストーリーモデルが市場化する方向性を強く決定づけた。

鬼滅の刃」や「呪術廻戦」、「王様ランキング」などの大人気作品が登場はしたが、同質化が激しい、題材が徐々に狭く小さくなっているという問題点が目立つことは否定できない。

押井氏は以前に「鬼滅」について語った中で、原作漫画の人気はもちろんすごいし、絵も非常に精密で細かいが、設定、キャラクター、ストーリー自体に新鮮味はないとの見方を示した。

草の根から立ち上がる定番ストーリーが直面するのは、広い範囲にいる普通の人々であり、市場の淘汰をくぐり抜けて、低コストで迅速に精神的な満足を得られる定型を見つけることだ。市場を前に、人気が出て集金能力が高いストーリー設定が何度もコピーされ繰り返され、同じような題材がいくつも並び、ストーリーの定型化やキャラクターの定番化は避けられない。

アートかビジネスか。芸術に関わる産業が究極的に直面する問題であり、両者のバランスをどう取るかを人々は追い求めており、それがこれからのアニメ産業発展のカギでもある。(提供/人民網日本語版・編集/KS)

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