マイトシップ「助け合い精神」の国、豪州―「緩やかな多角的連帯」「良き隣人関係」深化を 

大村多聞    2022年2月15日(火) 7時50分

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現在オーストラリアは成熟した民主的国家として世界でも突出している。議会選挙では正当な理由なく投票をしないと罰金が科される「強制投票制度」が採用され、投票率は常時90%を超えている。

オーストラリア人の恐怖の記憶

第二次世界大戦で都市空襲を60回受けた国、それはオーストラリアであり襲ったのは日本軍である。1942年3月日本軍の猛攻を受けてフィリピンの米軍極東司令官マッカーサーはオーストラリアのダーウインに脱出。日本軍はマッカーサーを追い豪州各地で空襲を繰り返した。本土を襲われた経験のないオーストラリア人は恐怖のどん底に落ちた。さらに同年5月29日オーストラリア第一の都市シドニーの港を日本軍特殊潜航艇が襲った。潜航艇の攻撃は失敗し自爆したが、オーストラリアは恐怖の記憶を保存すべく海底から引き揚げた潜航艇を首都キャンベラの戦争記念館に展示している。

戦後対日戦犯処罰を最も強硬に主張したのはオーストラリアであった。A級戦犯を裁く東京裁判の裁判長はオーストラリア派遣のW.ウエッブが就いた。またオーストラリアは連合国で唯一天皇訴追を正式に要請した。オーストラリアは特に日本軍による国際法違反の戦争捕虜虐待を追及した。オーストラリア人捕虜の35%が虐待酷使により死亡しており、国民の対日感情は最悪であった。戦後長らくオーストラリアの多くのホテルは日本人の宿泊を拒絶し、日本からの出張者は身の危険を感じていた。

◆「白豪主義」超克と日本との「真の和解」

オーストラリアは英国植民地時代から白人至上主義の人種差別政策「白豪主義」を堅持していた。「白豪主義」は1901年英国から促されて英連合王国として独立した際の国家創設理念とされ、同年の第一回開催連邦議会は全党派賛成で「移民制限法」を制定した。また憲法は敢えて「国民」を定義せず先住民アボリジニ対策を州管轄とし先住民を「死にゆく人種」とする政策をとった。

第二次世界大戦後「白豪主義」継続はオーストラリアの国家的危機であることが自覚された。オーストラリアは「有色人種」の海に浮かぶ「白人」の孤島でありその有色人種の国々が成長している現実、白豪主義はヒットラーのゲルマン民族優越思想と同じだとする国際批判、国連人種差別撤廃条約の1965年採択1969年発効等々。「白豪主義」の超克は10年以上かけ民主的に徐々に行われ、過去の緩やかな変化の追認・仕上げとして1973年ウイットラム首相が「白豪主義」を正式に撤廃し「多文化主義(Multiculturalism)」政策に舵をきった。この間の経緯はジャレド・ダイアモンド著「危機と人類(下)」に詳しい。

この緩やかな変化の行先は「脱欧入亜」の開放政策と、「白豪主義」等西側諸国の人種差別政策が招いたともいえる第二次世界大戦の「敵国日本」との「真の和解」である。

◆大平構想「環太平洋連帯」

1981年5月大平正芳首相の政策研究会が「環太平洋連帯」構想を報告した。構想は今後の日本の生きる道は太平洋諸国との「多角的連帯」を進めることにあり、経済のみならず文化的社会的連帯を進めるべきとした。大平は最終報告の翌月6月死去している。自らの持ち時間がないことを自覚していた大平は中間報告の段階で急遽座長の大来佐武郎を外務大臣に登用、1981年1月大来と共にオーストラリアに飛びフレーザー首相に環太平洋構想「緩やかな多角的連帯」を提案、フレーザー首相の快諾を得た。フレーザー首相は大平との約束に従い同年1981年9月オーストラリアで第一回「環太平洋セミナー」を開催した。フレーザー首相の開会の辞「この場に故大平首相がいないことは無念だ!」は感動的だ。

「環太平洋セミナー」から1989年「APEC(アジア太平洋経済協力)」が創設され、2018年のTPP11に結実している。近時の米日豪印「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」「4か国戦略対話(Quad)」も中核に日本とオーストラリアの信頼関係があってのことである。

◆成熟した民主的社会と順法精神

現在オーストラリアは成熟した民主的国家として世界でも突出している。議会選挙では正当な理由なく投票をしないと罰金が科される「強制投票制度」が採用され、投票率は常時90%を超えている。立候補のハードルが低くまた政党が新人の出馬資金を全て出してくれるので普通のサラリーマンでも志があれば容易に出馬できる。下院の小選挙区制選挙では「優先順位付連記投票制」を採用しているため国民は議員にしたくない候補者を最下位にすることで忌避の意思を制度的に示せる。上院の比例代表制選挙では死票が出ないよう工夫を凝らしておりその計算に3~4週間かけている。エンタテイメント化した日本の選挙速報報道やそのための出口調査とは好対照である。

オーストラリア人の順法姿勢は目を見張るものがある。交通ルールを皆がきちんと守っている。車の後部座席のシートベルトの接続不良で乗車そのものを見合わせ出発を後らせた、という実話を10年以上前に聞いた。固有種を守るため外国から入国の際の検疫は厳格であり国民はきちんとこれに従っている。2020年4月にオーストラリアが新型コロナに関する独立調査を求めたことは同国としては合理的であり自然なことであろう。これに反発した中国のオーストラリアに対する仕返し「戦狼外交」の醜さは言わずもがなである。2022年1月開催のテニス全豪オープンで前年優勝のジョコビッチ選手に対する特例が認められず国外退去とされた件もオーストラリアの順法精神を表している。

◆多文化主義の見直し

1973年以降「多文化主義」を導入し開放政策を推進した結果、豊かなオーストラリアにアジアからの移民が殺到し特に中国移民が激増した。中国企業によるオーストラリアの農場・牧場・食品メーカーの買収が進行し、中国によるオーストラリア政治家の買収工作が行われ、オーストラリアの国家安全保障が懸念される事態を招いた。「多文化主義」がテロや過激思想を助長しているのではないかとの批判的議論もなされた。

現在オーストラリア政府の公式声明は「多文化社会」「多文化国家」の用語を使用しつつも「多文化主義」の用語は避け、代わりにオーストラリアのアイデンティティーを民主主義的価値観としている。

「私達オーストラリア人を定義しているのは特定の人種や宗教、文化ではなく、自由や民主主義、法の支配、そして「フェアーゴー(公平な立場)」の精神に体現される機会の平等という、共通の価値観です。国家安全保障とは我が国を、そして国民と私たちの価値観を防衛するという固い決意のあらわれであり、私たちの自由はこの安全保障を基礎として築き上げられ、維持されています」。

◆オージー気質「マイトシップ」

オージー(オーストラリアっ子)気質の中核は「Mateship(オーストラリア訛りはマイトシップ)」である。直訳すると「友情」で、オーストラリアでは特に開拓時代以来の「困っている人への思いやり」「助け合い精神」「良き隣人精神」のことを指す。政府作成のオーストラリア市民権試験用テキストにも「オーストラリアの価値」として紹介されている。

自然に恵まれおおらかゆったりカルチャ―で、スポーツが盛んでスポーツマンシップ・フェアープレイ精神に富んだオーストラリア人と「助け合い精神」で「良き隣人関係」を深めていきたい。

■筆者プロフィール:大村多聞

京都大学法学部卒、三菱商事法務部長、帝京大学法学部教授、ケネディクス(株)監査役等を歴任。総合商社法務部門一筋の経歴より「国際法務問題」の経験・知見が豊富。2021年に(株)ぎょうせいから出版された「第3版 契約書式実務全書1~3巻」を編集・執筆した。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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