<日中100人 生の声>中国に住む日本人から見た「東京2020」への失望―竹内亮 ドキュメンタリー監督

和華    2022年2月5日(土) 23時0分

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今回、私は東京オリンピックのドキュメンタリーを制作するため、6月に成田空港に降り立った。写真は東京オリンピック委員会の外国人スタッフと記念写真。

私は中国に住むドキュメンタリー監督だ。光栄にも中国で多くの作品が認められ、最近、雑誌『NEWSWEEK』の「世界に尊敬される日本人100」に選ばれた。

今回、私は東京オリンピックのドキュメンタリーを制作するため、6月に成田空港に降り立った。実に1年半ぶりの日本である。この作品を撮るためなら約1カ月半(日本で14日間、中国で28日間)に及ぶ隔離生活も厭わないと思えた。

まず驚かされたのは、空港でPCR検査を終えたあと、全くと言ってよいほど管理を受けなかったことだ。出発前にネット上で「公共交通機関には乗らないでください」という規定を見た。行動履歴をチェックするアプリもダウンロードしたが、海外から来た人全員の行動を24時間チェックすることは可能なのだろうか……。私は規定の通り、感染防止対策を施したタクシーで千葉の郷里に帰った。料金は2万円だった。神奈川や埼玉であれば、いったい幾らかかるのだろう。電車やバスなら数千円で済むものを、すべての人が数万円を支払い、規定に従っているのだろうか……。ちなみに中国では全員が専用バスに乗せられ、隔離ホテルに直行する。この時、痛切に感じたのは「日本の感染対策は、完全に個人任せである」という現実だった。

7月中旬に4回目となる「緊急事態宣言」が発令された時にも同じ事を感じた。「緊急事態宣言」という言葉の響きから大変な状況を想像していたが、蓋を開けてみると、言葉遊びとしか思えなかった。例えば8時以降も店を開き、酒を提供している店がたくさんあり、しかも、それらの店は大方繁盛していた。規定に従い8時に閉店する店は倒産の危機に陥り、従わない店は繁盛する。日本社会全体がコロナを巡って分裂しているように思えた。

一方、中国では「社会全体でコロナと戦おう」という意識が徹底している。厳しい隔離政策にも異を唱える人はほとんどいない。皆が医療従事者を応援し、医療従事者も社会のために自ら望んで第一線に立っている。ところが日本のメディアは相変わらず、〝中国政府は高圧的な命令により、個人の自由を奪っている〟という論調である。

6月末から8月上旬まで、私は1カ月半に渡って東京オリンピック関連の物語を撮影した。その現場では日本人が得意とする穏やかで優しい「おもてなしの心」よりも、心に余裕を失ったギスギスとした雰囲気ばかりが伝わってきた。

例えば、ボランティアの制服は、日本人のサイズでしか作られておらず、体型の大きな欧米人にはまったくフィットしない。私が取材したある大柄な中国人ボランティアは2枚支給された制服を半分ずつ切って縫い合わせて使っていた。

さらに酷かったのは、外国人ボランティアの中にはムスリムや菜食主義者もいたが、彼らに支給される弁当にも毎日、肉が入っていたことだ。毎日食べられるものがなく、自分で弁当を持ち込むこともできない(日中ずっと外にいるので、弁当を持参しても、夏の暑さで腐ってしまう)ボランティアたちは、数千人のボランティアと大会関係者が繋がるLINE上で、「ハラール弁当(ムスリムの戒律に沿って作られた食品)やベジタリアン弁当を用意してくれないか」と訴えた。この切実な訴えに、大会関係者と思われる日本人(私が見た会話履歴には各人の身分は書いておらず、責任者かどうかは確定できない)が放った一言は、「ワガママを言うのなら、ボランティアを辞めてください」というものだった。私は外国人ボランティアの友人からこのLINE会話履歴を見せられた時、言葉を失った。オリンピックは世界最大の〝国際交流〟イベントだ。世界中から集まる多様な文化背景を持つ人々の習慣を、「ワガママ」と言って無視する態度にはあきれる他なかった。

世界中のスポーツ記者が集まるメディアセンターは、ネット環境が最悪だった。共有WiFiのIDが一つしかなく、速度も致命的に遅かった。記者たちは仕方なく自分でWiFiカードを購入して使っていた。今回のオリンピックにかかった費用は史上最高額だというが、一体どこにお金が使われているのか不思議でならなかった。オリンピック委員会で働く友人は「上司たちは直ぐに〝コロナだから〟を言い訳にする。この都合の良い印籠がある限り、少々のことで彼らが責任に問われることはない」と話した。

外国人記者が集うメディアセンター

ある日、私は積もり積もった不満を友人の中国人記者に吐露した。すると、彼女は「愛之深責之切」と切り返して来た。「あなたは日本を愛しているから、怒りが湧いてくるのよ」私は日本人として中国に住み、日本の文化を中国人に伝えて来た。日本人の細かい気遣いやおもてなしの心を誇りに感じてもいた。しかし、今回のオリンピックでそれが全く見られなかったことが残念でならなかったのだ。

後日、日本の友人との会話では「君が言うように〝国際感覚に疎い人〟ばかりかというと、そんな事はない。不幸なのは、〝国際感覚に優れた人〟がオリンピック委員会にほとんどいなかった事だ」と言われ、確かにそうだと思った。一番の問題は、組織上層部が頭の古い高齢者ばかりだという事。それはオリンピック委員会に限らず、政治でも大手企業でも見られる日本全体の問題であり、この現状を変えないと、日本は今後ますます世界の潮流に乗り遅れていくだろう。私は中国に住む日本人として、今後も外から見た日本の現状を「愛之深責之切」の思いで伝えていこうと思う。

ちなみに、文章中のいくつかのシーンは、配信中のオリンピックドキュメンタリー「双面奥運」(日本語名「東京2020・B面日記」)に登場するので、是非ご覧になってください!https://youtu.be/eDGVicG-HeE(オプションで日本語字幕を選択できます)

※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。

■筆者プロフィール:竹内亮(たけうちりょう)


ドキュメンタリー監督。テレビ東京「ガイアの夜明け」や、NHK「長江」等を制作。2013年、中国南京市に移住し映像制作会社「ワノユメ」を設立。『私がここに住む理由』、『お久しぶりです、武漢』、『ファーウェイ100面相』などを制作し、大ヒットとなる。中国SNSウェイボーのフォロワー数は469万人。

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