友好国が「潜在敵国」に変わるとき―「人権外交」標榜なら技能実習生制度廃止が先決

大村多聞    2022年2月4日(金) 6時20分

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現在日本滞在外国人労働者の人権侵害が止まない。本年1月も岡山県でのベトナム人技能実習生への集団いじめ虐待事件が報道された。これは氷山の一角であり日本でのベトナム人若者の死亡事例は数多い。

◆「大東亜戦争は人種差別が原因」昭和天皇認識

第二次世界大戦敗戦後、昭和天皇が秘書の寺崎秀成氏に語り、同氏が記録した「寺崎文書」によると天皇は次のように独白した。「大東亜戦争の原因は第一大戦後の講和会議にあった。日本によって提起された人種平等提案は連合国によって阻まれた。黄白の差別感は残存し米加州の移民拒否の如きは日本国民を憤慨させ、軍が立ち上がった時にこれを抑えることは容易な業ではなかった」。

米国カリフォニア州日本人差別

日露戦争の激戦のさなかの1905年5月、米国カリフォニア州サンフランシスコ教育委員会が全ての東洋人(日本人)子弟をチャイナタウンの学校に隔離することを決定、翌年10月市長がその実行を宣言した。1882年中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)以降中国移民規制は強化されており、サンフランシスコ市のこの度の決定は人種差別の標的を日本移民に移したものであった。本決定は日米通商航海条約違反であり、セオドア・ルーズベルト大統領は商務労働長官を現地に派遣調査した。長官報告書は「サンフランシスコでは日本人への傷害事件が19件発生。同市教育委員会の政策は日本人排斥法(Japanese Exclusion Act)を成立させようとする政治運動である」とした。ルーズベルト政権は隔離政策を禁ずるよう求め司法手続をとった。

しかし州裁判所は南部黒人の隔離政策を合憲とした連邦裁判所の判例を根拠に、連邦政府の訴えを受け付けなかった。さらに黒人隔離政策を継続していた南部諸州の政治家が続々とカリフォニアの応援に回った。カリフォニア州議会も日本人排斥政策を次々と上程した。燃え上がる反日運動を鎮火させるため連邦政府は日本政府にアメリカへの移民を自主規制させることとした。日本政府はやむなくこれに応じたが、このときから日本は米国の「友好国」から「潜在敵国」への途を歩むことになった。ルーズベルト大統領はこの日本の変化を見逃さず対日戦争の準備に着手した。以上の経緯は渡辺惣樹著「日米衝突の根源」に詳しく紹介されている。

◆パリ講和会議での人種差別撤廃条項

1919年第一次世界大戦後のパリ講和会議において戦勝国側として参加した日本は国際連盟規約に「人種差別撤廃条項」を盛り込むことを提案した。大英帝国とオーストラリアがこれに強く反対し、議長国米国のウイルソン大統領は本議案については全員一致案件とするとし日本提案を葬り去った。

同年石井菊次郎が講演で「人種差別撤廃が講和会議で採択されることが世界平和に貢献する。国際連盟が人種差別をするのは惨めな矛盾であり、安全装置どころか起爆装置そのものだ。」とした。駐日英国大使は本講演の重要性を示すため本国への報告の複写を米国とオーストラリアに送った(J・ホーン著「人種戦争-レイス・ウオー」)。

◆憲法GHQ案の日本化 

日本が第二次世界大戦で敗北し、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下の1946年2月、日本政府にGHQ憲法草案が提示された。草案を提示された日本政府は短期間でGHQ案の日本化を図った。日本化された条文の一つが人権規定である。

GHQ案第13条「All natural persons are equal before the law(すべての自然人は法の前に平等である)No discrimination shall be authorized ~ on account of ~ national origin(出身国差別は許されない)]

日本案第14条「すべて国民は、法の下に平等であって~で差別されない」

*日本案では「自然人」は「国民」に変えられ禁止差別項目から「出身国」が削除された。これが現在の日本国憲法条文である。

GHQ案は自らの反省も踏まえ戦争の根本原因に立ち返り、「すべての人間は平等である」との原則を憲法条文化するものであり、実は昭和天皇の思いに応えていた。誠に残念ながら旧来の発想に囚われていた日本政府が千載一遇のチャンスを葬り去ってしまった。

◆技能実習生虐待

現在日本滞在外国人労働者の人権侵害が止まない。今年1月も岡山県でのベトナム人技能実習生への集団いじめ虐待事件が報道された。これは氷山の一角であり日本でのベトナム人若者の死亡事例は数多い。ベトナムから仏教僧侶が日本全国を回って死亡者を弔っていることも報道されている。主権国家として外国人労働者を受け入れるのか受け入れないのか、受け入れるとしてどの限度まで受け入れるのかは日本の決定事項である。しかし「人間」を受け入れたからには「法の下に平等」原則に従う必要がある。これは文明国として、また国連憲章・人権規約を受けいれた日本として当然の責務である。アジアからの労働者へのいじめ虐待が止まないのは、制度の欠陥とそれにつけこむ人間の悲しい性であろう。そうであれば周りの人がそれを止めさせることが重要となる。これを止めない経営者の責任は重い。消費者も取引先も人権侵害企業の製品を買わない取引しないという対応もできる。

◆人権外交と国益

技能自習生は転職の自由がなく法の下の平等が確保されておらず国連から廃止すべきだとされている。岸田政権が人権外交を標榜するなら足元の技能実習生制度を廃止することが先決でありそれが国益にかなう。アジアの「友好国」から憎しみを買い「潜在敵国」にしないためにも、アジアから来ていただいた方に帰国後「また日本に来たい」と思ってもらえる労働者受け入れ制度と運用を切に願う。

■筆者プロフィール:大村多聞

京都大学法学部卒、三菱商事法務部長、帝京大学法学部教授、ケネディクス(株)監査役等を歴任。総合商社法務部門一筋の経歴より「国際法務問題」の経験・知見が豊富。2021年に(株)ぎょうせいから出版された「第3版 契約書式実務全書1~3巻」を編集・執筆した。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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