中国の日本語学校における日本人教師の展望

大串 富史    2022年1月19日(水) 18時50分

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日本語教師の需要を見込める前向きな材料には事欠かないものの、中国経済全体の陰りや「躺平主義」ゆえに楽観は許されない。中国の日本語ネットスクール側と日本人教師側に、今どんな影響が生じているのか。

「中国企業が日本語教師に求める人材像から学べる教訓とは何か。このご時世、中国の企業に雇われて日本でリモートワークをするという選択肢もまた確かに存在する、ということにほかならない。そう、こんなご時世でも、誰も決して座して死を待つ必要はない。」

そんな「中国でリモート日本語教師のススメ」みたいな記事を書かせていただいて、早いものでもう1年3カ月がたつ。僕はいまだにこの日本語教師の仕事をさせていただいており、まあ順調なので辞める予定は全くない。

もっとも、これには幾つか理由がある。

10年程前になるが、中小企業の中国進出をお手伝いさせていただいた。その当時も今と同様、日本ではまず見いだせないような活路が中国にはあった。

当時は世界の工場としてメイドインチャイナの品々を世界中に送り出すまでになった中国にあやかるべく、率直なところ賭けに近い部分もある中国進出が世間の耳目を集めていた。賭けに近いというのは、少なくない企業が日本式のやり方で何とか進出するものの、軒並み失敗していたからだ。

それが6年位前になると、今度は大企業が中国でさらに販路を拡大するにはどうしたらいいかというセミナーのお手伝いをさせていただくようになった。その当時も今と同様、日本ではまず見いだせないような需要が中国にはあった。

大企業だから中国側とのすり合わせもより周到になるわけだが、当然のことながら日本とは勝手が違う。これに日中の尖閣問題や中国側の「一帯一路」が加わった結果、中国市場で相応の地歩を固めることのできた大企業でさえ苦戦を強いられていた。

そして2、3年前になって「黒船の来航」となる。つまり最初に述べたように、中国の一般企業が日本で普通に求人広告を打つまでになった。今、日本ではまず見いだせないような日本語教師の求人が中国にはある。

だから僕が中国で日本語教師をしているのは、単なる偶然ではない。メイドインチャイナであれ「一帯一路」であれ日本語教師の求人であれ、僕たちは大なり小なり中国の存在感を意識させられている。

とはいえ、そんな中国であっても存在感に陰りが全くないわけではない。最近日本でも報じられているような中国経済全体の陰りがあり、それに呼応するかのような中国若年層の陰り、「躺平(とうへい)主義」こと「寝そべり主義」がある。

実のところ「双減政策」のような教育にかかわる中国の政策も日本語教師という業種にある程度の打撃を与えるものの、中国経済全体の陰りや「躺平主義」の直撃と比べれば全然ましである。

そんなわけで今回は、中国の日本語ネットスクールで雇う側と雇われる側-会社側と日本人教師側-に今どんな影響が生じているのか、インタビューを通して皆さんにご紹介したい。

(以下はコロナ禍ゆえメールインタビューの体裁を取っており、ご了承いただきたい)

――最初にお名前とポジションまた会社について少しご紹介ください。

李:李と申します。現在、早道ネットスクールで日本人教師の皆さんのお世話をさせていただいています。

光田:光田佑己子(以下、光田)と申します。ハーフの子供をアメリカ・中国・日本で育てた主婦です。今は早道ネットスクールで日本語教師として働かせていただいています。

――貴社は日本人講師を募集していますが、最近の応募状況などはいかがですか?

李:今も募集中ですよ。正直、すべての先生が残ってくださるわけではありませんので、欠員を補充しなければなりません。現在の応募状況は相応なので、お陰様で十分な数の先生を確保することができています。

――光田さんも比較的最近になってこちらで日本語教師をされているとお聞きしています。ハーフのお子さんもいらっしゃるのですね。

光田:はい。先程もお話した通り子供には3つの国を家族の都合で行き来する生活をさせたため、7歳で日本へ帰国当時、国語で0点を取るような状態にとても心配して、机に椅子を2つ並べて日本語を少しずつ毎日毎日教えましたね。

――私もハーフの子どもの親ですので、そのご心配よく分かります。ですがアメリカ・中国・日本で生活すれば、逆に有利な面もあったのでは?

光田:ええ(笑)。週末には英語維持と中国語維持教室へ通いました。アメリカのサマースクールにも毎年のように通いましたが、中学からは日本のインターナショナルスクールに入学、結果として英検1級を10代で満点合格、TOEFLも10代で110点以上取得、中国語検定も取得するというトリリンガルに今は育ち、旧帝国大学にも現役合格し、今はほっとしています。

――それはすごい。それで、そのトリリンガルの子育て経験を日本語教師の仕事に生かしたかったと。

光田:うーん、そこまでの道のりが確かに平坦なものではなかったので、海外育ちの子供の語学教育や、今まで私1人が家の中でたった1人外国人という経験を活かせる仕事がないかと思っていました。それで、子育てが一段落してから文化庁認定の420時間日本語教師養成講座に通い始めたんです。

――いろいろな背景の先生方が集まっていらっしゃいますね。ところで日本人講師は会社側から見てどうですか?何か要望とかはありましたか?

李:そうですね、まず中国人の学生たちは大部分の日本人教師に満足しています。会社としても学生からのフィードバックを逐一お伝えして、レッスンの質の改善を図っています。でもまず、日本人教師の皆さんには正確な日本語を教えてもらいたいですね。中国人の学生にもできる限り話させて正確さをチェックしてもらいたいです。学生側は学費を払って会話レッスンを受けていて、日本人教師から実生活で実際に通じる日本語を教えてもらいたいと思っているわけですから。

――それは道理ですね。

李:ええ、そして中国人学生の間違いを都度、きちんと直してほしいです。励ましも重要なんですが、学生が間違った発音や文法の日本語を話しているのに「励まし」では、日本人教師として責任を果たし切れていません。あとレッスンの時にテキスト上の日本語をただ教えるにとどまらず、日本ではこの日本語を実際にどう使うのかとかを補足して、学生に日本語だけでなく日本や日本人についても学べるようにしてほしいですね。

――仰る通りですね。では光田さんは日本人として中国企業で働いてみてどうですか?中国企業側に要望とかはありますか?

光田:親族が中国や日本やアメリカで会社経営や病院経営をしていたりするので、どこの国の企業で働いているという感覚は正直あまりないですね。中国企業側に要望とかは全くないです。

――これは愚問でした。逆に言えば、会社側に要望があるようであれば最初から来ることもないと。どうでしょう、最近は中国における経済状況も変化していると聞いています。貴社の日本人の雇用に何か影響はありましたか?

李:うーん、この質問はパスさせてください。私は日本人教師担当の中国人スタッフに過ぎないので。

――これも愚問でしたね、失礼しました。一方で日本では今、コロナ禍を機に大転職時代が到来した感があります。どうして今、日本語教師の仕事なのか、なぜ中国企業で働くのか、光田さんはどう思われていますか?

光田:コロナ禍が来ると思わずに日本語教師養成学校に入学しましたから、学校内でもいきなりオンライン授業になったんですよ。それにクラスメートたちが卒業後、日本語教師として採用されるために苦戦している中なので、正直、私自身はコロナ禍を機に大転職時代が到来したとは思っていません。

――やられました、愚問が続き申し訳ない。メディアが言うところの「大転職時代」という表現も、正直考え物ですね。

光田:いえいえ(笑)。卒業後すぐにこちらに採用になったのは、自分が優秀だったからとかでは決してなく、ひとえに私自身が日本国内だけに目を向けていなかったからだと思っています。ですので、なぜ中国企業で働くのか?というよりは、採用になった会社が中国にあったというだけだと私は思っています。

――なるほどですね。ただ、中国に頼りきりで本当に大丈夫なのか?との思いが日本人にはあります。たとえば日本でも中国の「躺平主義」について報じられています。

李:躺平をどう見るかは人によってまちまちなのでは、と思います。私自身は良い将来を思い描きたいですし、若い時分に早くも躺平を決め込むなら、良い将来など望めません。もっとも、ある人たちが多くを望まず、その日暮らしでも構わないというのであれば、躺平をとがめることもできないでしょう?

――そりゃそうです(笑)。光田さんはどうでしょう?私も中国にいますので、中国の躺平主義を肌で感じ始めています。中国人の生徒さんを教えていて、そうした影響を感じることがありましたか?

光田:私たちは今はもう中国に住んではいないので、躺平主義を肌で感じるということはありませんが、自分の子どもと同世代の若者たちが躺平になってしまうというのは、その親御さんとしてはとても辛いことだし虚しい気持ちになると思います。

――ということですね。躺平は、まず親に直撃だと。

光田:そうです。その親御さん世代が「自らの立身出世を必ず叶える!」という強い意志のもと、ものすごいハングリー精神で高考を突破し重点大学などを出て海外で教授になったり国費留学生として海外の大学を卒業後に世界的企業のCEOになったりという現実を身近で観察する機会があったものですから。その一方で今の中国の優秀な若者たちが今後どのように生きていけば最も幸福を感じ、心の平安を保ち、希望を持って生きていけるか、という問題はかなり大きいと思っています。

――ですね。光田さん自身も日本語レッスン中に、その躺平の「直撃」を受けたとお聞きしています。

光田:ええ。たまたまテキストが「生きる」という内容だったからかもしれませんが、「親の期待に疲れた、だから私は何も持たないことにした、捨てて行く人生を選んだ」と生徒さんが吐露された時には、胸が締め付けられるような感覚を覚えました。もう一人の生徒さんは日本語もハイレベルで、職業からすれば相応の社会的地位を手に入れた方でしたが、「私は何でも持っている。でも現実は何も持っていない」と流暢な日本語で話しておられました。「人は働くために生きているのではなく、生きるために働きたい」という年齢国籍に関係なく皆に共通した思いについて、私もいろいろと考えさせられます。

僕自身、このインタビューを通して考えさせられた。

中国の若い人たちも、その親も、中国の人たちに日本語を教える日本人教師も、そして恐らくはこの社会この世界で生きる誰もが、大小の差こそあれ苦しんでいる。

それはなぜか。非常に残念なことではあるが、この社会この世界という「箱」は誰も変えることができないからだ。

中国の富裕層や勝ち組の親でさえ、「箱」そのものを変えることは到底できない。どんな国であれ企業であれ個人であれ、この「箱」の中における制約から到底逃れられない。そんなことは有史以来の自明の理ではあるのだが、改めて「曲がっているものは真っすぐにできない」という格言を思い出さずにはいられない。

では、中国の日本語学校における日本人教師の展望はどういうものか。

別の記事でも書いた通り「中国国際移民報告2020」や外国人向け「やさしい日本語」といった日本語教師の需要を見込める前向きな材料には事欠かない。

だが「箱」の中から出られない僕たちの誰も、楽観は許されない。

今、日本ではまず見いだせないような日本語教師の求人が中国にあるが、もう10年も前から明らかなように、日本式の考え方ややり方では違和感があり、続けるのは困難だろう。もう6年も前から明らかなように、状況が変化すれば誰もが苦戦を強いられる。

そして2、3年前から徐々に明らかになってきたのだが、「企業側に要望とかは全くない」「働くために生きること」をある程度甘受できるような人であれば、日本語教師に限らず、どこであれ何とかやっていけるのだろう。

一方でここ中国では既に、若者を含め寝そべるほうを選んだ一群の人々がいる。立ったまままたは座ったまま突然死するより寝そべったまま自然死したい、ということなのだろうか。すべての人のため、この社会この世界という「箱」がいつの日か変わることを願ってやまない。

■筆者プロフィール:大串 富史

本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。

関連サイト「長城中国語」はこちら

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