前漢の第3代皇帝・漢文帝の帝陵の位置が判明―中国

人民網日本語版    2021年12月16日(木) 14時50分

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中国国家文物局は14日、考古学者が西安市東郊外の灞橋区江村で、前漢の時代の大規模な古墳を発見したことを発表した。

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前漢の第3代皇帝・漢文帝劉恒(紀元前203‐紀元前157年)は、漢武大帝・劉徹の祖父に当たり、政務に勤勉で、つつましく、親孝行だったことで有名だ。中国国家文物局は14日、考古学者が西安市東郊外の灞橋区江村で、前漢の時代の大規模な古墳を発見したことを発表した。被葬者の身分が確認される前から、その古墳は「江村大墓」と呼ばれていたという。継続的な調査や古墳周辺の一部の外蔵坑における緊急発掘調査の結果、被葬者は漢文帝とほぼ確定した。

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極めて規模の大きい帝陵である同古墳の面積は5256平方メートルで、深さは約30メートル。秦漢の時代の最高貴族が使用していた「亞」形の構造で、墓室の周囲から外蔵坑110基以上が発見された。現在すでに発掘された外蔵坑8基からは、陶俑、銅印、銅車馬器、鉄器、陶磁器といった文化財1500点以上が出土した。銅印には「車府」「器府」「中騎千人」「府印」「倉印」「中司空印」といった文字が刻まれており、江村大墓の周囲の外蔵坑は、現世における官庁や政府が文書や財物を保管する「府庫」を模倣していると考えられている。江村大墓の形や構造、規模はいずれも前漢の時代の最高ランクの古墳の規格にマッチしているほか、周辺に分布している竇皇后陵(北東約800メートル)、薄太后陵(南西約2000メートル)などと合わせて検討した結果、専門家は漢文帝の帝陵「霸陵」とほぼ結論付けている。

今回の考古学発掘作業により、漢文帝の帝陵の正確な位置が確定した。双重陵園や帝陵居中、外蔵坑に囲まれている構造は、漢高祖長陵、漢恵帝安陵とは明らかな違いがあり、前漢の中・後期の帝王の陵墓制度の基礎を固めており、中国の古代帝王の陵墓制度の研究において極めて重要な意義があるとみられている。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

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