涙なしには読めない論文の「謝辞」が話題に、過酷な運命に立ち向かった男性―中国

人民網日本語版    2021年4月21日(水) 23時50分

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ある論文に書かれていた「謝辞」の内容が最近、中国のネットで話題となっている。

「私は長い道を歩き続け、多くの苦労を重ね、この博士論文をようやく提出することができた。学生として22年間歩んできた道は、風雨に打たれ、ぬかるみ、数々の困難があった。まるで一場の夢の如く、つい昨日ようやく家族皆で一緒に過ごしたかのような感覚にすら襲われる」と、ある論文に書かれていた「謝辞」の内容が最近、中国のネットで話題となっている。この論文の著者がつづっている山あいにある実家を離れ、過酷な運命と立ち向かってきた様子に、多くのネットユーザーが心を揺さぶられている。

中国科学院は18日、微博(ウェイボー)の公式アカウントで、この「ヒューマンコンピュータインタラクション機械翻訳方法の研究と実現」というタイトルの論文の著者は、2017年に中国科学院大学を卒業した工学博士の黄国平(ホアン・グオピン)さんであることを明らかにした。

黄さんは博士論文の「謝辞」の中で、「実家は山あいにあり、母親は私が12歳の時に家を出てしまった。父親は普段ほとんど家におらず、私が病気で自分では病院にも行けないような時でも、治療に必要なギリギリのお金を残して、また家を離れるという状況だった。17歳の時に、父親が交通事故で亡くなると、私は号泣した。なぜなら、これで病気になっても、私の世話をしてくれる人すらいなくなってしまったからだ。同じ年、一緒に住んでいた祖母も病気で亡くなった。残された家族と言えば、犬の『小花』だけ。父親と祖母のお墓の番をしてくれていたけれど、私が街の高校に進学してからはどこに行ったのか、生きているのか、死んでしまったのかも分からなくなってしまった。コンピューターの手ほどきをしてくれ、まるで兄のように面倒見てくれた邱浩(チウ・ハオ)先生には、私の大学合格通知書を見せることもできなかった…。毎回、帰省してこうした人たちのお墓を見るたびに、これらの墓が私に一分一秒を大切に生きろと示しているように感じる」とつづっている。

炬光郷小学から大寅鎮中学、儀隴県中学、綿陽市南山中学、そして重慶の西南大学に合格し、さらに中国科学院自動化研究所へ進学してきたその勉学と研究の生涯において、山を出て都市部へ行くことをずっと夢見ていた黄さんは、現実を突きつけられ、何度も夢をあきらめそうになったというものの、「勉強を続けて、山から出て、この一生を無駄にはしない」という信念を抱き続けたという。

「謝辞」の最後の部分で、黄さんは、「その理想は素朴で、人生の半分を歩んだ時も、少年のような自分でありたい。そして、これまでの苦労を無駄にせず、この世界の素晴らしさを再認識する機会があることを願っている。最後に、他の人がもっと素晴らしい生活を送ることができるような何かを成し遂げることができたなら。この一生はもうけものだったと言えよう」とつづっている。

公開されている資料によると、黄さんは2014年に中国科学院自動化研究所の博士課程で学ぶようになり、宗成慶研究員の指導の下、パターン認識とスマートシステムを研究するようになった。そして、2017年に同大学院を卒業し、インターネット大手・騰訊(テンセント)に就職し、人工知能実験室「騰訊AI Lab」の高級研究員を担当しているという。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

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