外国人向け「やさしい日本語」が30年後の日本人に意味すること

大串 富史    2021年4月26日(月) 8時0分

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皆さんは「やさしい日本語」をご存知だろうか?僕は中国で日本語教師をするにつけ、この「やさしい日本語」の必要性を痛感している。

皆さんは「やさしい日本語」をご存知だろうか?僕は中国で日本語教師をするにつけ、この「やさしい日本語」の必要性を痛感している。

前の記事にも書いたが、「僕たちが新聞雑誌等で普段目にし意思疎通の手段としている日本語の文章というものは、日本人同士であればそれなりに通じるものの、もしそのままだと、中国人も含め外国人にはさっぱり響かないどころか、事実関係そのものが全然伝わらず、意味の曲解をさえ招いてしまう恐れがある」。

それで、外国人でも分かる「やさしい日本語」の必要性が高まりつつある。

だが残念なことに「外国人向け『やさしい日本語』、認知度3割どまり | 日本経済新聞」にも取り上げられたように、「日本で暮らす外国人に災害・行政情報を伝える際、より平易な『やさしい日本語』を使う取り組みについて『知っている』と答えた人は29.6%(2020年9月26日時点)にとどまった」。

同記事によれば「外国人と接する機会が『ある』『時々ある』人は計28.9%だった。意思疎通の方法を複数回答で尋ねると『身ぶり手ぶりを交えて話す』が51.3%で最も多く、『英語などの外国語で話す』の44.7%を上回った。」

つまり、外国人と「普通の日本語」でコミュニケーションを試みる日本人は半数以下という現状がある。「普通の日本語」では外国人に通じないということを、他ならぬ日本人自身が多かれ少なかれ自覚している。

それで行政側も動き始めている。たとえば東京都オリンピック・パラリンピック準備局のサイトによれば「平時の情報提供としての『やさしい日本語』について、一橋大学の庵功雄教授の研究グループでは『初期日本語教育の公的保証のための「やさしい日本語」』、『地域社会の共通言語としての「やさしい日本語」』、そして『地域型初級としての「やさしい日本語」』(という)3つの観点からの『やさしい日本語』を研究して」いるという。

今回は、一橋大学国際教育センター・言語社会研究科教授の庵功雄先生(森有礼高等教育国際流動化機構国際教育交流センター)にお話をうかがった。

――最初に「やさしい日本語」と「普通の日本語」の違いについて教えていただけますか。

「日本語の運用能力がまだ十分ではない外国人に情報を提供したり、そうした外国人と日本語でコミュニケーションをしたりするときに必要になるのが『やさしい日本語』です。この意味の『やさしい日本語』は、日本語を母語とする人が普段使っている『普通の日本語』に一定の制限をかけたものです。」

――普段使っている「普通の日本語」のままだと通じない、だから「やさしい日本語」を使う。では今、「やさしい日本語」のためのどんな活動が行われているのでしょうか。

「今お話ししたような成人の外国人に対する『やさしい日本語』(居場所作りのための『やさしい日本語』)に加えて、日本に在住している外国にルーツを持つ子どもたちや先天的に聴覚に障害を持っているろうの子どもたちに対する日本語教育(バイパスのための『やさしい日本語』)の活動も行っています。」

――ろうの子どもたちは「手話」という「外国語」が母語ですから、「やさしい日本語」は彼らや親たちにとって文字通り「やさしい」ですね。具体的な活動等がありますか?

「居場所作りのための『やさしい日本語』については、日本各地で『やさしい日本語』の理念や具体的な表現の仕方などに関する講演やワークショップを開催しています。バイパスのための『やさしい日本語』については、中学校の教科書を読めるようになるための総合日本語教科書(全3冊)の刊行(現在2冊目まで)や、ろう児の母語である日本手話から日本語の語の意味を調べることができる辞書の開発などを行っています。」

――東京都オリンピック・パラリンピック準備局のサイトにあるように、行政側も動いています。一方で、そもそもなぜ「やさしい日本語」が必要なのか?という声も聞こえてきそうです。

「私たち日本語母語話者がアメリカに行って生活をすることになったことを考えてみてください。まだ英語が十分に使いこなせない時期に、英語母語話者がナチュラルスピードの英語で話しかけてくるのと、ゆっくりわかりやすい発音で、わかりやすい文法や語彙を使って話してくれるのと、どちらがわかりやすいでしょうか。答えは後者だろうと思います。」

「これと同様の考え方が『やさしい日本語』です。つまり、外国人の日本語運用能力がまだそれほど高くないときには、『普通の日本語』で話しかけられても理解できないか、理解できることが大幅に限られるのです。このことは、上の英語の場合を考えていただければおわかりいただけるだろうと思います。」

――まだ日本語運用能力が十分ではない外国人と日本語でコミュニケーションするためには、普通の日本語に一定の制限をかけた「やさしい日本語」が必要になると。逆に「普通の日本語」に慣れてもらえばいいのでは?という従来の考え方についてはどうですか?

「『やさしい日本語』は日本語母語話者にとっても重要な意味を持つと考えています。上述のように外国人とコミュニケーションする場合、習慣の違いなどが生じることがよくあります。例えば、『自治会』や『町内会』に外国人に入ってもらうという場合などです。」

「この場合、まず自治会や町内会がどのようなものであるかを相手の外国人に理解してもらう必要があります。そのためには、相手がわかるような話し方や相手が理解しているかを確認する必要があります。それだけではなく、自治会などが何のためにあるのか、そこに入るとどのようなメリットがあるのか、入らなかったらどのようなデメリットがあるのか、といったことについて説明してほしいと言われるかもしれません。」

「これは面倒なことのように思われるかもしれませんが、実はこうした場合に『日本語を用いて相手にきっちり自分の考えを述べて、相手を自分の意見に同意してもらう』ことは、私たち日本語母語話者の日本語能力を高める効果を持ちます。」

「つまり『やさしい日本語』は、日本語母語話者のコミュニケーション能力を高めるという意味で、日本語母語話者にとっても重要な意味を持っているのです。」

――日本人自身が日本語コミュニケーション能力を高める上で「やさしい日本語」が役に立つと。でも、これまでの日本語や日本語によって支えられてきた諸々は「やさしい日本語」と共存できるのでしょうか?

「『やさしい日本語』の本質は、聞き手や読み手にとってわかりやすい表現を目指すということにあります。これまで、日本では難しい表現を使うことがよいこととされる傾向がありました。しかし、そうした考え方は日本語母語話者の日本語能力をむしろ下げることにつながると私は考えています。」

「日本語表現の評価基準を『分かりやすさ』に変えていくことが今後の日本社会を考える上で重要であり、そうした考え方は、これまでの日本語や日本語によって支えられてきた様々なことと十分に共存可能だと思います。」

――あえて言うなら、これまでの日本語に「分かりやすさ」重視の「やさしい日本語」を暫定的にプラスする、というイメージなのでしょうか。最後に、「やさしい日本語」の今後の展望についてお願いします。

「これからの日本社会は確実に人口減少社会になります。そのことは様々な問題を引き起こす可能性がありますが、そうした問題を解決していく上で、外国人の受け入れは不可避です。ただ、その場合の受け入れは、日本人と対等な立場でのものでなければなりません。私たちの研究グループの『やさしい日本語』の研究は、こうした『30年後の日本』を日本人と外国人がともに作っていくという理念を基盤としています。」

「日本語母語話者が『やさしい日本語』を単に『外国人のためのもの』、特に『外国人のためにしてあげるもの』と考えるのではなく、自分たちにとっても意義のあるものと捉え、あり得るべき将来の日本の姿に向けて進んでいくための1つの手段として考えていけるように、私自身努力していきたいと考えています。」

では、外国人向け「やさしい日本語」が日本人に意味することとは何か。

「やさしい日本語」が政府や大学を軸に始動した事実は、日本語が、日本が、そして僕ら日本人が、ある意味で歴史上の転換点にさしかかりつつあることを意味している。

良かれ悪しかれ「外国人の受け入れは不可避」な中、「日本語を用いて相手にきっちり自分の考えを述べて、相手を自分の意見に同意してもらう」ことができないなら、「30年後の日本」は日本人にとっても外国人にとっても住みにくいところとなってしまうだろう。

そして別コラムで書いた通り「日本にいる外国人というのは実際のところ、法務省の2020年12月の在留外国人統計によると、中国人(78万6830人)、韓国人(43万5459人)、ベトナム人(42万415人)、フィリピン人(28万2023人)、ブラジル人(21万1178人)らであって」、「『中国国際移民報告2020』を根拠に得られるのは、中国の国際移民の流出先は主要三カ国である米国・日本・カナダである。」

だから「やさしい日本語」は実のところ、他ならぬ日本と日本人自身のためのものである。「30年後の日本」を見据えた官学連携はすでに始動し、産官学連携の兆しも見え始めている。

日本語は高性能なツールともなれば、扱いにくい道具ともなり得る。「中国では、日本語学習者がすでに100万人に達している。世界の日本語学習者の4人に1人は中国人というこのご時世にあって」、中国の日本語教師に託された責任はますます重みを増していく。

■筆者プロフィール:大串 富史

本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。

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