「南京大虐殺」生存者と日本人の間に心温まる友情があった―中国メディア

Record China    2020年12月13日(日) 7時0分

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中国メディアの中国新聞網は11日、「南京大虐殺(南京事件)の生存者の女性と日本人教師の間に心温まる友情がある」と伝えた。

中国メディアの中国新聞網は11日、「南京大虐殺南京事件)の生存者の女性と日本人教師の間に心温まる友情がある」と伝えた。

記事によると、90歳の謝桂英(シエ・グイイン)さんは83年前の「惨状」を今でも鮮明に覚えているという。

「1937年、母は私たちを連れて街を出ました。日本兵が街に入てから、家に残っていた父の謝有華(シエ・ヨウホア)と叔父の謝有貴(シエ・ヨウグイ)は、様子を見に外に出た際に街に入ってきた日本兵に見つかり、父は日本兵にその場で殺され、叔父は難民区に逃れました。父の死が伝えられてからも、母はずっと信じられませんでした。2カ月後に南京に戻った時、街中が死体だらけで、家の大半が焼かれているのを見ました」

「泣きたくないのですが、思い出すと涙が止まらない。その年の冬、弟を連れて山菜掘りに出かけた時、日本兵に出会いました。日本兵は弟を畑に投げ飛ばし、私の両足をつかんで畑を引きずり回しました。私は頭を地面の石にぶつけて、血をたくさん流しました。日本兵は私が死んだと思って放しました。家には薬がなかったので、母は薪の灰を私の頭に押し当ててくれましたが、今も傷が残っています。弟は死にました」

過去のことをずっと心にしまっていたという謝さんだが、南京大虐殺記念館の職員と元小学校教師の松岡環さんが謝さんを丸2年間探し続けていたことを知って心境に変化が生じた。「すべての中国人、すべての日本人にも話したい」と思うようになったという。

2002年、謝さんは日本の市民団体「南京大虐殺60カ年全国連絡会」が開催した「南京大虐殺」の証言会に参加した。「あれが初めての日本でした。私は一生日本の土地を踏むものかと思ったこともありました」「飛行機から降りて、松岡環先生に会いました。彼女は私に付き添って日本の都市を回り、南京大虐殺の真相と私たちの境遇を日本人に話して聞かせるように励ましてくれました」と語ったという。

記事は、「謝さんと松岡さんの友情はこうして結ばれた」とし、それ以来、謝さんが松岡さんをずっと気にかけていることを説明。謝さんが「彼女はずっと私に手紙を書いてくれました。今年、中国で新型コロナウイルスの流行が最も深刻な時にマスクが不足していました。松岡先生はわざわざ(南京事件の)生存者たちにマスクを送ってくれました。包みには中国語で私の名前を丁寧に書いてくれました」「私はいつも子どもたちに、何千何万もの同胞を殺したのは日本軍であって、彼女たちのような善良な日本人ではないと言っています。戦争さえなければ、両国の国民は普通の暮らしができますから、平和を大切にしなければなりません」と語ったことを伝えた。(翻訳・編集/北田

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