<コラム>日中ビジネスの鍵となる習近平構造改革(3)構造改革のシナリオを狂わせた米中貿易摩擦

松野豊    2020年12月4日(金) 20時0分

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順調に構造改革が進みつつあった中国に、また新たな試練が出現した。それが2017年、米国の大統領に就任したトランプ氏である。

こうして順調に構造改革が進みつつあった中国に、また新たな試練が出現した。それが2017年、米国の大統領に就任したトランプ氏である。事前の下馬評を覆して忽然と現れたトランプ氏は、まずは中国の巨額の対米黒字を問題にした。

貿易黒字は、1970~80年代に日米貿易摩擦においても問題の発端になったものだ。当時の日米摩擦と現在の米中摩擦とを比較してみて、共通点と相違点を挙げてみよう。

共通点は、安価な汎用工業製品や日用品の集中的輸出による米国産業への打撃、通貨の対ドルレートを低く抑えて輸出競争力を高める金融政策などである。しかし日米貿易摩擦時には、日本円は既に変動相場制に移行していた。有名な1985年のプラザ合意では、日米欧主要国が政治的に為替市場に協調介入をして円高(ドル安)に誘導したものである。

また相違点を挙げるとすると、まず現在の中国の対米黒字額は、時代背景が違うとはいえ日米の時と比べて一桁も大きい巨大なものであること。そしてもうひとつは、日中摩擦時代と違って米中間では政治構造が大きく異なることなどであろう。

日本は、米国から批判されたことに対して細かく反論もしたが、部分的には理解して受け入れた。日本は、国内の独占禁止法の強化や流通業の規制緩和、自動車や半導体の対米輸出自主規制などを行い、かなり米国に譲歩したのだった。

この譲歩は、日米両国が同じ資本主義経済で政策手法に類似性があったこともあるが、何より日本自身が先進国化の自覚を持ち、経済政策を国際協調路線に大きく転換する必要があったことなどが主な理由である。

しかし現在の米中貿易摩擦では、中国は巨大な買付け以外にあまり譲歩した形跡が見えない。両国はそもそも政策手法が大きく異なる。米国が中国の産業政策、特に政府の関与を問題にしたことは日中の時と同じであるが、中国政府にとっては国有企業に対する優遇措置や政府の市場への介入などはある種当然だと思っているので、妥協の余地は少なかったのだろう。

中国の初期対応にも問題があった。中国は当初、米国からの産業政策批判に対しては馬耳東風であった。それどころか中国は、一連の米国からの批判が中国の政治経済体制そのものへの攻撃であるとみなし、中国の“正当な”経済発展を阻止しようとする米国の邪悪な戦略だとまで反発したのである。こうした中国の対応がトランプ政権をさらに刺激したことは間違いない。

現在のグローバル経済下においては、所得レベルが異なる2国間で貿易不均衡が生まれる原因は、一国の政府ではなくむしろ世界の最適地を渡り歩くグローバル企業の行動であろう。トランプ氏が初期に貿易黒字を批判した際に、中国はきちんと経済学的観点からロジカルに反論すべきだった。そうすればもう少し諸外国からも理解が得られたはずである。

もっとも米国の政府内においては、トランプ政権成立以前から長年にわたり、貿易黒字よりもっと本質的な部分での中国問題を調査してきていた。中国の経済発展の過程でみられた外資導入、為替・資本、産業育成の政策などは、ともすれば自国優先の手法であり、随所に不公正さがみられるのは確かである。発展初期段階では許容されてきたが、世界第二位の経済大国になってもこうした政策を継続している中国に対して、米国は長年の分析結果をつきつけざるを得なくなったのである。

習近平政権が指向してきた構造改革は、正しい方向だった。中国は、順調に経済成長を積みかさね、構造改革を実現して国家目標に邁進しつつあった。しかし自国の目標実現に傾注するあまり、特に経済面において外部環境変化への対応を軽視してしまっていたのではないか。中国は、世界経済のグローバル化から最大の恩恵を受けて発展してきた国である。それが故に、自国の制度も世界情勢に合わせて修正していく必要がある。

習近平政権は、来年から始まる十四次五か年計画において、「双循環」と呼ぶ政策を重要な柱に据えている。このうち「内循環」政策は、中国国内の生産、分配、流通、消費のサイクルが効率化されることであり、流通改革や規制緩和などが進むので、中国と取引をしたい外国企業にとっては歓迎すべきことである。

しかし、一方で「外循環」政策は、その内容がよく見えない。強い内需を背景に外部との産業チェーンの強靭化を図ると説明されているが、それだと米中貿易摩擦の原因をつくった時とあまり変わらない。外部とのサプライチェーンや産業チェーンを現在より強靭化して中国に引きつけるためには、中国がグローバル経済に対して今より多くのメリットを提供することが肝要だ。

筆者には気になることがある。中国では最近、昔の毛沢東時代に使われた「自力更生」とか、科学技術での「自立自強」といった言葉が使われ始めている。この思考回路は、「外循環」政策とは矛盾するはずである。「内循環」は重要な政策だが、国内市場が一定の効率化を果たした後、公共投資の資本収益率は低下し、国内産業は過当競争になっていく。

米国もバイデン政権に代わる。そうすれば中国もグローバル経済との折合いをつけることを余儀なくされるだろう。例えば世界が中国に求めるのは、製造大国、消費大国として地球規模の問題に貢献をすることだ。温暖化効果ガス削減、新エネルギー実用化、医療情報処理、地域防災などの分野で中国が産業チェーン形成に主導的役割を発揮すれば、世界への責任を果たすことになるだろう。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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