<コラム・莫邦富の情報潮干狩り>中国ではなぜ辞任する安倍晋三氏が高く評価されるのか

莫邦富    2020年9月17日(木) 12時20分

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安倍氏の首相辞職のニュースが広がると、中国からの反響も出てきた。意外なことに、評価する声がほとんどだ。(出典:内閣府サイトの画像を加工して作成 https://www.kantei.go.jp/)

はじめに

日本語には、「遠浅(ルビ:とおあさ)」という言葉がある。海岸に行くと、潮の引いた砂質の干潟(ルビ:ひがた)が何百メートルも続き、その先に海が広がっている。その広大な空間は遠浅だ。春や初夏になると、遠浅では、潮干狩(ルビ:しおひが)り、貝拾いなどの光景がよく見られる。

インターネット時代の今、情報が怒涛のように打ち寄せられてくる。一人の人間の力では、いくら努力しても、こうした情報のすべてを把握できない。レコードチャイナで始めたこのコラムでは、潮干狩りに行く人々のように、遠浅で価値のある貝拾いをしたい。社会の栄養になれる海の幸を読者の皆さんのところに届けたい。一ジャーナリストとして、そのささやかな作業に幸せを噛みしめたいと思う。

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2020年8月27日、銀座のとある中華レストランで、数人の友人たちと一緒に食事したとき、話題はもっぱら安倍晋三氏の辞職の可能性、そのタイミング、そして菅義偉氏などの後任者問題に集中していた。

奇しくもその翌日の28日、安倍氏が首相辞職を発表した。その日のフェイスブックに、私は「戦後史上、難病を抱えながらも、在任期間が最も長い記録を作った首相として、足跡の濃淡はさておいて、歴史にその名は残せただろうと思う。『ご苦労様でした。これからは病気の治療に専念していただきたい』とその労をねぎらいたい」と辞職のニュースを聞いたときの感想を書いた。

テレビ番組で歴史問題などをめぐって自民党副幹事長時代の安倍氏と激論したことは昨日のように鮮明に記憶に残っている。しかし、今やこのような穏やかなコメントを出せた自分を見ると、あらためて歳月がすでにこれだけ過ぎ去ってしまったことを意識させられた。

一方、安倍氏の首相辞職のニュースが広がると、インターネットには中国社会からの反響もいろいろと出てきた。意外なことに、中国のネットやSNSでは、安倍氏を評価する声がほとんどだ。以前、塩田潮氏の『安倍晋三の力量』(平凡社新書)を書評に取り上げたことがあるので、私はフェイスブックに「これを“安倍晋三の力量”と受け止めていいだろうね」と自分の感想を書き残した。

これまで安倍氏を厳しい視線で見てきた私と同じように、中国国内の世論も辞職した安倍氏にかなり温かい目線を投じた。その理由は一体何なのだろうか。インターネットに出ている典型的な考え方を二つほど紹介してみよう。

一つは中日関係史学会副会長、元在日中国大使館参事官である呂小慶氏の見方だ。専門家ではあるが、立場上、中国政府に近い見方をしていると見ていいだろう。

2012年に安倍氏が首相に再選された後の対中政策について、呂氏は二つの段階に分けて見るべきだと主張。安倍首相の再任時点の2012年末から2017年までは前期とし、ベトナム・ダナンAPEC会議が開催された2017年末から現在までは後期とする。

前期においては、「安倍氏の立場は例えば歴史問題、領土紛争問題および台湾問題など、日中関係の構造的問題のどれを取って見ても、基本的に後退し、なかには大幅に後退した分野もあり、日中関係を再び氷点下に陥れた。南シナ海の仲裁問題、価値観外交、地域および世界経済における競争など日中関係の新たな問題において、安倍政権は頻繁に行動を起こし、すでに悪化している中日関係をさらに厳しい局面に追い込んだと言える」。呂氏の評価はなかなか厳しい。

後期には、「国内外の情勢と日本の国益を考え、現実主義者として、安倍首相は進んで中国と関係を改善する姿勢と政策をとり、中日関係の主な矛盾と問題といった分野では、ある程度、自制した態度を取った。さらに、中日関係発展の『三つの訪問』を提唱し、積極的に推進した」と呂氏は評価している。

ここに言う、三つの訪問とは、18年5月、李克強首相が日中韓サミットに参加するために、公賓として初訪日を実現できたこと、それを受けて、18年10月、安倍氏は北京を訪れ、中日平和友好条約締結40周年大会などの活動に出席したこと、19年、大阪で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に参加するために、習近平(シーチンピン)国家主席が訪日したこと、を指している。

こうしたトップ同士の相互訪問は日中関係の突破と発展に対して積極的役割を果たしただけではなく、中国のニュー・シルクロード経済圏を意味する「一帯一路」プロジェクトについても日本は「第三国での協力関係」という形式でかかわると前向きの態度を見せた。これらの動きに対して、「中日両国にとっていずれも良いことであり、その他の国にも積極的な影響を与えた」と呂氏は安倍氏が推し進めてきた政策と行動を高く評価している。

辞職した安倍氏に対する評価が、主に対中関係の改善から来ていることは明白だ。

もう一つは民間の見方だ。インターネットにアップされた「安倍が自覚している六つのこと」という文章はその典型だ。著者は木虫というニックネームになっているが、文章のスタイルや言葉遣いから公式発言に見られがちな色彩は一切見られない。

その「安倍が自覚している六つのこと」は大まかにまとめると、次のようなものだ。

1.引き際の美を安倍氏は知っている。健康状態が芳しくないのを知って勇退し、政治家としての勇断を見せた。

2.病気と闘いながらも執政することができるはずなのに、国によくないと自覚し、辞職した。日本という国を熱愛している行動だ。

3.世界を知っている。安倍首相は在任中、80以上の国々を訪問し、累計170回以上という日本史上最も多くの外遊を行った首相である。プーチン氏とは前後17回も会見した。世界で最初にトランプ次期大統領(当時)と会見した一国の首脳でもある。トランプ次期大統領の機嫌を取るためのその訪米は多くの人から嘲笑を受けたが、国のために屈辱に耐えたと言っても過言ではない。

4.安倍氏は日本と日本国民の利益のために、身を低く、時には個人のメンツとプライドを犠牲にしてでもやるべきことはやった。

プーチン・ロシア大統領と会見したとき、プーチン大統領が2時間近くも遅刻したにもかかわらず、安倍氏は顔色を変えずに辛抱強く待っていた。一方、安倍氏がプーチンとの会見にすこし遅刻したときは、懸命に走った。トランプ米大統領と会見の記念写真を撮るとき、レッドカーペットから押し出されたが、安倍氏は終始微笑みを浮かべたままで、不満を顔に出さなかった。こうした忍耐強さが最終的にトランプ大統領と米国の尊重を勝ち取った。威張らない安倍氏が率いる日本は毎年ノーベル科学賞を受賞し、経済力が世界3位、国民の素質が世界1位の国である。

5.安倍氏は首相在任中、日本国民に100回以上謝罪した。常に土下座したり、お辞儀をしたりしている。しかし、彼の努力により、EU、ロシア、米国など諸外国と良好な関係を保っている。日本と中国の関係も改善されただけでなく、さらに発展もさせた。

安倍氏は中国が旧正月の春節を迎えたとき、中国語で「皆さん、新年おめでとうございます」と中国人民を祝福した。日本の友人が世界中に広がっていると言える。

6.安倍氏は勤勉で疲れを知らない。今年1月中旬から6月20日までの150日間で147日間も働いた。彼は、首相としての仕事に幸せを見出している。

以上のように、日本国内政治においての安倍政権の功罪については、中国政府に近い専門家も、民間人もほとんど見ていない。外交の、特に対中関係の成果を中心に安倍氏の実績に対する採点をしているから、高い評価の点数を与えたのが分かる。民間からの評価には、暗に中国政府や官僚を批判するニュアンスも込めている。その分だけ、安倍氏の苦労したところやメンツを犠牲にしたところに力点が置かれている。

これはある意味では、安倍氏の力量と見ていいだろう。

■筆者プロフィール:莫邦富

1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。
知日派ジャーナリストとして、政治経済から社会文化にいたる幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭」といった新語を日本に定着させた。また日中企業やその製品、技術の海外進出・販売・ブランディング戦略、インバウンド事業に関して積極的にアドバイスを行っており、日中両国の経済交流や人的交流に精力的に取り組んでいる。
ダイヤモンド・オンラインにて「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」、時事通信社の時事速報にて「莫邦富の『以心伝心』講座」、日本経済新聞中文網にて「莫邦富的日本管窺」などのコラムを連載中。
シチズン時計株式会社顧問、西安市政府国際顧問などを務める。

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