<米中対立>国際環境の変化を踏まえ、したたかな対中経営戦略を―立石信雄オムロン元会長

立石信雄    2021年6月27日(日) 6時40分

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米中のせめぎ合いの中で、経済と安全保障の線引き、バランスが重要である。日本企業は国際環境の変化を踏まえつつ、隣接する中国に向き合う、したたかな経営戦略が欠かせないと思う。写真は東京の住宅地。

米中対立が長期化する中で、「経済安全保障」という用語を目にすることが多くなった。かつて日本は米国の経済安保の標的にされ、日米半導体協定によって破竹の勢いだった我が国半導体産業は競争力を失っていった。今展開されている米対中攻撃は、標的は異なるものの同じ図式。さらに熾烈な「覇権争い」が絡むという。

経済安全保障という概念が生まれたのは、日米ハイテク摩擦が激化した1980年代とされる。この時代に、米国で日本の半導体への「依存問題」が俎上に上がった。現在の中国通信分野への「依存問題」と同じ構図である。80年代前半は米議会を中心とした反応だったが、 80年代後半以降は日米包括協議、日米構造協議などあの手この手で結果を追求する対応に移行した。

20世紀初めに英国から世界一の経済大国の座を奪い、「世界覇権国」として君臨してきた米国は、その座を死守するために、経済力で自国の60%以上に達した第二の経済国家を徹底的に叩いてきたという。最初の標的はドイツだったが、1次と2次の世界大戦で同国を退けた後、1960~70年代からの日本の経済復興力が標的となった。巨額の貿易黒字を背景に日本が世界最大の債権国家に躍り出、日本企業が米国の名門企業や有力施設を買収したのもこの時代である。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が流行語となり、最大の機関投資家「日本の生命保険会社」が世界金融市場を席捲し「ザ・セイホ」として怖れられたのは記憶に新しい。

90年代後半に、日本経済の停滞とともに米国の「日本への危機」意識は薄れたが、安全保障と経済をリンクさせる発想が定着。 2000年代以降には中国の台頭に対する「迅速な対応策」が検討された。米中経済安全保障検討委員会が2000年に設立され、外資規制が2007年に強化された。

中国経済は最近20年間に急拡大。2000年に日本の4分の1に過ぎなかった中国経済規模は2010年に日本を抜き今や3倍以上に急拡大。実態に近い購買力平価(PPP)方式によるGDPで2014年に米国を追い抜き、世界1位になった。

コロナ禍への対応の差で中国優位の流れがさらに早まるようだ。IMF、OECDなど有力国際機関の予測分析では、名目GDPでも米中経済の経済規模は2020年代に逆転する見通し。中国の経済パワーは14億人の人口パワーと相まって、かつての日本をはるかに上回るとされる。

トランプ政権時代の米中対立の第1ステージは感情的対応となり、超党派に支持された。バイデン大統領の登場で第2ステージ入りし、対中対抗策として、米国は科学技術やインフラへの額投資など「強さ」を向上させる対応に舵を切った。

第2ステージの始まりを技術面からみると複雑である。トランプ前政権の自国第一主義はエンティティ・リスト(禁輸企業指定)によるデカップリングなど対中対策の余波を受けて日本経済も影響されたが、ディール(取り引き)を好むトランプ氏の意向もあって、打撃にはつながらなかった。

一方、バイデン政権は同盟国、友好国との連携を重視しており、日本の利害が左右される事象も出てきた。4月中旬の日米首脳会談ではこの問題が協議され、経済産業省で輸出管理の見直し作業が進められている。この結果、(1)日本は米国と本当に理念を共有しているのか?(2)日本経済の根幹にある理念は何か?―などが問われることになる。新疆ウイグル問題に見られるように、日本企業の対応は難しい。

安全保障を考慮したサプライチェーン構築は必須だが、政治による市場の歪みをコントロールして半導体をはじめとする戦略分野の競争力を維持・強化する必要がある。米国追随は短期的には、(1)中国市場の部分的な喪失への対応、(2)中国による輸出管理を使った報復措置への対応―などを迫られ、世界最大の中国消費市場で稼いでいる、多くの日本企業に影響を与えるのは避けられない。

長期的には、(1)米国政府・実業界の利害、(2)日本政府・実業界の利害、(3)中国政府の安保・経済面での利害―などのせめぎ合いの中での経済と安全保障の線引き、バランスが重要である。米欧企業の多くも、最大消費市場・中国の魅力には勝てず、対中取引を拡大している。日本企業も国際環境の変化を踏まえつつ、隣接する中国に向き合う、したたかな経営戦略が欠かせないと思う。

<直言篇163>

■筆者プロフィール:立石信雄 1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。



■筆者プロフィール:立石信雄 1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。

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