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コロナがもたらした悲劇、「最後の願い」もかなうことなく…

配信日時:2020年7月21日(火) 22時20分
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新型コロナウイルス感染症により、さまざまな悲劇が発生している。一家から感染者が出たわけではないのに、家族としての「最後の願い」がかなえられなかった例もある。
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新型コロナウイルス感染症により、さまざまな悲劇が発生している。一家から感染者が出たわけではないのに、家族としての「最後の願い」がかなえられなかった例もある。

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中国の江蘇省揚州市出身で日本在住の陳秋揚さんの父親が死去したのは6月2日だった。享年80歳だった。人生の最期を迎えた父親に寄り添えなかったことで、陳さんの心には、子としての務めを果たせなかった無念と無力感が、深い傷として残ることになった。

陳さんは1989年に来日。その後は名古屋市内で飲食店チェーンの「餃子王」を立ち上げて成功した。同じく日本で暮らす姉と協力して店舗数を増やしてきた。その他のビジネス分野にも進出したが、やはり順調に推移しているという。

もちろん、陳さんや姉が身を粉にして努力した結果だ。そして中国に残った両親も、陳さんが日本で苦労を重ね続けたことをよく分かっていた。だからこそ、陳さんが成功したことを心から喜び、また誇りに思っていたという。もちろん陳さんも、両親を喜ばせることができたことで自らも喜び、両親を自らの誇りとしてきた。しかし、心から大切に思っていた父親の容体が悪くなっても、陳さんと姉は帰国できなかった。新型コロナウイルス感染症のため、日中の往来がストップさせられていたからだ。

告別式がとり行われたのは6月4日だった。陳さんと姉は、モニター画面に表示される中国から送られてくる動画を通じて「遠隔参列」できただけだった(写真)。

家族に対する愛情は、日本人も中国人も同じだが、中国人の場合には、愛情を具体的な行動に結び付けたいという気持ちがとりわけ強いようだ。親が自分を心から愛していることは、十分すぎるほど分かっている。親の死がどうしても避けられないのならばその直前にでも駆け付けて、自分の姿を見せてやりたい。そうして安心してもらって、旅立ってほしい。それが子としての、せめてもの務めだ、という感覚だ。

陳さんは父親が亡くなった後になり、父親と自分が写っている写真をSNSに投稿した。数年前に、両親を日本に呼んだ時に撮影した写真だ。自分と父親が一緒にいたという記録を、どうしても示したかったようだ。しかし、陳さんの無念さをはらすにはほど遠かったのではないだろうか。

これからも無念さを抱きながら暮らしていくであろう陳さんのことを思うと、胸が締め付けられるような気持ちになる。6月21日はおりしも、父の日だった。陳さんは「父のいない父の日を迎えることになってしまった」とつぶやいた。

中国人だけではない。同様の悲しみと苦しみを味わった日本人もある。遼寧省の東港という小さな街で、DTP(印刷物のデジタル版組み)を業務とする会社を経営する小出裕明さんだ。小出さんの父親は88歳で、末期のがんを患っていた。小出さんも、状況が楽観できないことは十分に分かっていた。

小出さんの場合、2月下旬に母親が腹膜炎で入院したため、日本にいったん戻ってきた。その時には父親はまだ元気で、父子で晩酌をすることもできた。だが、日本から中国への渡航が完全に不可能になったのでは、経営する会社が本当に危ないことになる。東港では会社が間借りしていた学校建物が閉鎖されたため、新たな拠点を早急に見つけねばならないという、差し迫った問題も生じていた。

小出さんは、中国に向かうことを決意した。父親とは永遠の別れになる可能性があることは覚悟していた。ただ、中国にいても父親と自分の妻をスカイプで結んで、ビデオ電話しながら食事をしたりと、遠隔ながらも同時進行でのコミュニケーションをすることはできたという。

ちなみに小出さんは、自分の会社にすぐに行くことができたのではなく、大連で2週間の隔離生活を送るなどの苦労もした。ただ、東港に到着しては、それこそ「獅子奮迅」の勢いで仕事をした。病気の父親を日本に残すという苦渋の選択をしただけに、会社のために全力を尽くしたのかもしれない。

小出さんの父親の具合がいよいよ悪くなったのは4月下旬だった。それまでは自宅で過ごしていたが、病院に搬送されることになった。搬送直前の父親からの最後の言葉は「あとは頼んだぞ」、小出さんからの言葉は「本当にありがとう」で、双方とも「永遠の別れ」と十分に理解していたという。

父親が息を引き取ったのは5月11日だった。入院後はだんらん室にも行けない状態で、ビデオ通話もできず、「最後の2週間を孤独にさせてしまったのが、心残りです。さぞ不安だったと思います」とのことだ。

コロナ肺炎流行という状況のため、葬儀は家族だけで行った。小出さんは「女房の膝の上のiPhoneからのリモート参加」だった。小出さんによると、親の死に目に会えないと、どうしても罪悪感に襲われるものだが、葬儀を取り仕切った僧侶が「長男が親の死に目に会えないのは、最後を見せたくないという父の気持ちで、悲しむことはない」と話したことで、少しは気が楽になったという。

なお、小出さんのSNSへの投稿を拝見していると、持ち前の正義感と中国人従業員への思いやりを強く感じる。かといって、堅苦しい性格ではなくて、「下ネタ風」の話題を投稿することもあり、とてもくだけた人であることも分かる。父親の死に立ち会えなかったことは、他人では理解することもできない痛手だったろうが、小出さんは常々、SNSへの書き込みに「元気があれば、未来も開けます。今日も元気に行きましょう!」の一文を追加している。(取材・構成/如月隼人

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