東京から上海にやって来てセミオーダーブティックを14年経営する日本人―中国メディア

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上海のオシャレなストリートとして有名な安福路には、東京からやって来た石川リエさんが経営するプリントシルクの生地を使いセミオーダーができるブティックがある。

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上海のオシャレなストリートとして有名な安福路には、東京からやって来た石川リエさんが経営するプリントシルクの生地を使いセミオーダーができるブティックがある。振り返ってみると、彼女が上海にやって来て14年の月日がたったという。澎湃新聞が伝えた。

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■ファッション誌のライターから女性服のデザイナーへ

日本文学科出身の石川さんは、文を書くのが好きで、大学院在学中から女性ファッション誌のライターになった。そして、2005年に結婚し、夫の赴任先である上海にやって来て、新しい生活を始めた。

そんな東京女子が夢中になったのが、上海の歴史の発祥地・上海老城廂にある生地市場。彼女はそこで、生地を選び、「ニーハオ」と「シエシエ」の2つの単語だけで交流し、服をオーダーメイドしてもらうことが楽しくて仕方なくなったという。

友人たちの間でも、石川さんが着ているオシャレな服、そのデザイン、使っている生地などが大好評になった。ある時、集まっていた友人の一人が、「Tシャツの店を閉めるつもりなんだけど、自分の店を開いて、一人でも多くの人にあなたがデザインする服を見てもらったら」と勧められ、「いいわね」と一つ返事で店を経営することが決まった。そして、一連の準備期間を経て、2007年6月に、安福路で「COUTURIER Shanghai」がオープンした。

「COUTURIER」というのはフランス語で「仕立て屋さん」という意味で、その店名は非常にシンプル。白い枠の大きなウィンドウに、中国語と英語、日本で書かれた店の紹介が貼られている。

12平方メートルの店の内装はシンプルで、ウィンドウも季節の花と布地で作ったボールだけで飾り付けられている。

この14年の間、店内の飾り付けはほとんど変わらず、試着室の水玉模様のやわらかいオレンジ色のシルクのカーテンも、定期的に洗うだけで、変えたことはない。なぜなら、「好きなものは大切に扱えばずっと使える」というのが石川さんの信念だからだ。

■10倍頑張って唯一無二の感動を得る

この店で一番変わったのは石川さん本人だ。

服のデザインを勉強したこともない女性が、異国の地でセミオーダーができるブティックを経営するというのは、今振り返ってみても、とても勇気のいることだった。

仕事について、石川さんはかつて、「中国の人口は日本の10倍なのだから、自分も10倍頑張らなければ」と語っている。

商品の縫製は現地の職人に発注しており、正確で、科学的に体に合わせて服を作る方法や良い生地の見分け方なども、職人に教えてもらっているという。

そして、「職人はプロ。ずっと教えてもらった方法で縫製をやっている」と謙虚に語る。また、彼女にとって、職人は固定の提携パートナ―でもあり、「家族と同じほど大切な存在」と説明する。

店内の全ての生地は石川さんが自分で選んだもので、中国のプリントシルクがメイン。中国伝統の要素や欧州特有のデザインがプリントされた生地もある。

作業机の上の本棚には、ファッション雑誌や縫製関連の本がたくさん並んでいる。2014年にはカメラマンの安井真喜子さんが数年にわたって撮影した同店を通してみる上海の街、上海で暮らす人々の生活、風景などをテーマにした写真集「上海節奏(上海リズム)」を出版した。

安福路にはたくさんの外国人が住んでおり、オープンしてから数年間、店の客は近くに住む日本人や欧州人がほとんどで、中国人は2割ほどだったという。「2015年頃から、地元の人が増えてきた。ウェディングドレスの注文も3回あった。人生で一番重要な服の製作を私に任せてくれるなんて、私のことを認めてくれているということで、とても励みになった」と石川さん。

「こんなに他の人から評価を得て、気に入られ、認められる秘訣は?」との質問に、石川さんは、しばらく考えてから、首を振り、「本当に分からない。私はただ、真剣に相手の話を聞き、その好みや望みを記録し、会話を交わしながら、相手の性格を理解し、その人にぴったりの、世界に一つしかない服を作ろうと努力している。そして、こつこつと頑張って、お客さんがほしいと思っている服を作ってあげたいと思っている」と答えた。

■東京に帰ると私は「よその人」

2014年10月から、石川さんは「読売新聞」の夕刊「海外ファッション」にコラムを寄せ、中国での生活を紹介するようになった。今年のコラムでは、「ライブ通販」を紹介し、新型コロナウイルス流行を機に、衣食住のさまざまなブランドがインターネットのライブ中継を活用した通信販売をするようになったことを紹介したり、武漢市の服飾デザイナーを独占インタビューしたりしている。ライターの仕事は、彼女と故郷を繋ぐ架け橋でもある。

石川さんは毎年、家族と東京に帰り、親戚や友人と会う。そんな石川さんは、「東京に帰ると、私はよその人。日本人は礼儀正しすぎるところがあり、規則に厳しすぎるところもある。そして、みんな、思っていることを心にしまい話さない。どうしてだろうと思う」と率直に話す。

石川さんは、中国語で書いた文の中で、今年2月に東京に帰った時に、駅でマスクをしていない駅員を見た時のことについて、「マスクをしたままで客や目上の人にサービスを提供すると失礼という印象を与えてしまう。日本人は他の人の目をとても気にし、自分の考えを優先することはない。そして、他の人の見方に基づいて、自分の行動を変えることが習慣になっている。このような状況下でも、そんなルールを守るために、駅の職員はマスクをしないのだろうか」とつづっている。また、娘のクラスの担任から毎日、電子版の教科書のリンクやオンライン授業の予定、細則などが送られてくることについて、「密接につながっていると感じる。国外にいても授業が受けられる現代の生活は、本当に感謝すべき」とつづっている。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

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