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<遠藤誉が斬る>中国人民解放軍・羅援少将の正体――「中国人クズ」ランキングに「トップ10」入り!

配信日時:2014年1月10日(金) 3時5分
<遠藤誉が斬る>中国人民解放軍・羅援少将の正体――「中国人クズ」ランキングに「トップ10」入り!
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日本のメディアでは、あたかも羅援少将が習近平と裏でつながって国策を示唆しているようなことを発信する傾向にある。そこで本稿では、羅援がどのような人物で、中国に於いてはどういう位置づけなのかをご紹介したい。写真は羅援少将。
日本のメディアでは、あたかも羅援(ルォ・ユェン)が習近平と裏でつながって国策を示唆しているようなことを発信する傾向にある。先の中国の防空識別圏設定に関しても、羅援が「2013年年2月から決まっていた」という趣旨のことを言ったのを理由に、まるで羅援が防空識別圏設定を習近平に提言したかのごとき情報が日本で一時、飛び交っていた。これがいかに事実と乖離しているかは、本コラム第11回『<遠藤誉が斬る>中国「防空識別圏設定」の真相―1年前から計画していた!』を読んで頂ければ自明だろう。そこで本稿では、羅援がどのような人物で、中国に於いてはどういう位置づけなのかをご紹介したい。

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2014年1月1日、中国のネット空間に「2013年度 中国人渣排行傍(中国人クズランキング)」というのが湧いて出た。数多く転載されたものの、一瞬で削除されたが、興味深いことに「中国人のクズ」として選ばれた100人の中に、なんと羅援が堂々の「トップ10」入り!日本の一部で重要視されている「大物?」は、中国国内では形無しだ。

羅援は1950年代に羅青長の三男として四川省で生まれた。羅青長(現在95歳)は中央調査部(国家安全部の前身)の部長を務めたことがある軍人だ。文化大革命(文革)(1966〜76年)のときには「走資派」(資本主義に走った者)として批判の対象となり、羅援を含めた息子たちは日陰の身となった時期がある。

羅援は父親が日中戦争(中国では抗日戦争)に参戦していたため、小さいころから軍人になることに強い憧れを持っていた。しかし走資派の息子が中国人民解放軍に入隊することなど許されるはずもない。羅援は羅青長の戦友の助けで、僻地の生産隊に入隊するのがやっとだった。生産隊というのは僻地の開墾や牛飼いなどの世話をする重労働訓練だ。

文革が終息したあとは、中国軍事科学院で仕事をするチャンスに恵まれた。中国には中国科学院、中国社会科学院、中国医学科学院、中国農学科学院……など、多くの科学院(アカデミー)があるが、中国軍事科学院はその中の一つであって、特殊な存在ではない。

羅援はやがて軍事科学院の研究員(大学院教授相当)に昇進し、その中の専攻過程の一つである世界軍事研究部副部長になる。中国人民解放軍には、合唱隊や楽団、演劇など、いわゆる「文体人員」と呼ばれる人たちがいる。実際の戦場で闘う戦士と異なり、後方で文化娯楽に携わる人たちのことを指す。その文化の中には「精神」(イデオロギー)などの宣伝を担う人もいる。羅援は精神を鼓舞する役割に、学問という分野が加わったに過ぎず、軍人ではない。

しかし羅援は『中国人民解放軍戦史』や『中国人民志願軍戦史』などの本を出版して学会活動に参画したので、その実績が買われて、2006年に「少将」の肩書を得た。少将の上には中将、上将などの職位がある。

◆名声欲の強いタカ派軍事評論家

羅援は嬉しくてならなかっただろう。小さいころから憧れていた「軍人」に類似した肩書が付いたのだ。軍人ではなくとも、より「軍の精鋭」であるような印象を国民に与えたい。
そこで彼は軍事評論家として世に出ることを狙い始めた。それも強硬なタカ派であるほうが目立つ。環球時報はそういった軍事評論家の評論を載せるのが好きだ。羅援は環球時報を活用して自らの主張を載せるようになった。環球時報に評論を載せるバリアーは、それほど高くない。やがて中央電視台(中央テレビ局、CCTV)でも軍事評論家として時にはコメントするようになる。

しかし羅援はあくまでも「軍事評論家」に過ぎない。中国共産党の中央委員会の委員(205名)でもなければ、その候補委員でさえもない。ましてや中央委員の中から選ばれる政治局委員(25名)の中にいるはずもない。中共中央委員会の下には「中共中央軍事委員会」があるが、もちろん、その委員でもない。
  
彼の幼少期からの憧れは、この程度では満足しなかった。もっと自分を高く評価してほしい。だから過激な発言をすることによって日本のメディアが彼を大きく取扱い、中には「羅援は習近平の幼馴染み」で、あたかも習近平の「ブレイン」であるかのごとき報道をするため、羅援にとっては実に歓迎すべき誤報となっていっただろう。

羅援の父親・羅青長は中国調査部の部長だったので、たしかに中南海の宿舎に住んでいた時期がある。中南海には国家指導層とその家族が住んでいるため、当然ながら子供同士が接触する機会はあっただろう。それを以て「幼馴染」とするなら、父親が何らかの形で国家指導層の一員であった者たちは全員が「幼馴染」となってしまう。太子党で結ばれているという報道もあるが、太子党というのは革命世代の二世の蔑称であって、一つの「党」ではない。

たとえば日本で自民党議員の子供と共産党議員の子供が、二世議員になった時に、その子供同士が「一つの党」を形成するかといったら、そのようなことがあるはずがないのと同じくらい、あり得ないのだ。

◆日本メディアだけが評価する「ネット空間の笑い者」

ただ、羅援の名声欲は留まるところを知らず、遂に2013年2月22日、中国版ツイッターであるところの「微博」(ウェイボー)に登録する。ところがこれが、とんでもない結果を招いた。羅援があまりに偉そうな自己アピールをしたため、網民(ネットユーザー)が激しい攻撃を始めたのだ。そこで彼はすぐさま退散するのだが、その二日後に今度は一般ユーザーの振りをして凄まじい自画自賛の書き込みをした。「羅援将軍は軍人であり、学者でもある。(中略)ともかくレベルが高い!テレビで彼が行う軍事評論は最も視聴者の歓迎を受けている!」
 
レベルが高いのは羅援ではなく、ネットユーザーの方である。すぐさまこれが羅援の自作自演であることをすっぱ抜いてしまった。すると羅援は「誰かが私のパスワードを盗んで、私に成りすまして書き込んだものだ」と弁明。するとネットは「お前は自分のパスワードが盗まれるのを防ぐこともできない程度の軍人なのか? 何が、レベルが高いだ!」と攻撃してきた。こうして羅援はますますネット空間の笑い者となってしまい、書き込みを削除したのである。

こんな彼を、習近平のブレインとして「高く評価してくれる日本」を、彼はきっとこよなく愛しているにちがいない。何といっても、反日言論の度合いを強めれば強めるほど、日本は自分の地位を「高めてくれる」のだから。
(<遠藤誉が斬る>第15回)

遠藤誉(えんどう・ほまれ)
筑波大学名誉教授、東京福祉大学国際交流センター長。1941年に中国で生まれ、53年、日本帰国。著書に『ネット大国中国―言論をめぐる攻防』『チャイナ・ナイン―中国を動 かす9人の男たち』『チャイナ・ジャッジ毛沢東になれなかった男』『チャイナ・ギャップ―噛み合わない日中の歯車』、『●(上下を縦に重ねる)子(チャーズ)―中国建国の残火』『完全解読「中国外交戦略」の狙い』など多数。
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