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<コラム>中国王朝の滅亡に関与した疫病、新型コロナ救済政策を歴史から学ぶ

配信日時:2020年4月17日(金) 23時30分
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2019年末から中国湖北省武漢市で大流行を始めた新型コロナウイルスは、WHOのパンデミック宣言を経て今や世界規模で広がり、既に十数万人以上の死者が出ている。

2019年末から中国湖北省武漢市で大流行を始めた新型コロナウイルスは、WHOのパンデミック宣言(2020.03.11)を経て今や世界規模で広がり、既に十数万人以上の死者が出ている。ほぼ百年前1918年に同じく世界的に感染が広がった「スペインかぜ」によって世界で5000万人が死亡し、日本でも40万人近い犠牲者が出た。名前から欧州のインフルエンザの感じがするが、第一次世界大戦中に中国から護送された約9万人のクーリー(苦力)から発生したともいわれ、起源は同じく中国にあるという説もある。

4000年に渡る中国王朝を顧みるに、王朝の滅亡には必ず洪水等地震・自然災害→大飢饉→疫病(大疫)→経済破綻→農民運動が繰り返された。歴史書を調べると、周王朝末「大疫」発生、後漢末道教的治病を行った太平道による「黄巾の乱」、三国時代魏末全国的疫病発生、西暦207年赤壁の戦いで周瑜の火計で曹操を破るが、その前に魏軍内で飢餓と疫病発生とある。隋朝末7度の疫病発生、唐朝末洪水から大飢饉が起こり大疫となる。南宋末西暦1276年湖北黄岡で疫病、元朝末12回の疫病(ペスト・天然痘)で一千万人以上死亡、明朝末西暦1641年北京・呉江(蘇州)で疫病、李自成農民奮起反乱時明軍内で疫病、清朝末雲南の風土病であったペストが広州全域に広がる。これらの中国史の調査で、大飢(飢饉)と大疫(疫病)が王朝の滅亡に大いに関与したことが明確である。

14世紀に全ヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)は、モンゴル軍が中東・欧州制覇にともない中央アジア起源のペストをもたらしたのが原因といわれ、当時の欧州人口の1/3が死亡するという大パンデミックであった。この黒死病は欧州で西暦1347年頃から大流行するが、その13年前西暦1334年に中国浙江流域で500万人が死亡したとする大疫が発生という中国資料があり、その後7年かけて中央アジアに達し、それから欧州に広がったという説がある。何となく世界の感染病起源は全て中国大陸にあるかのようだ。

中国王朝は早くから、地震、旱魃、洪水、蝗害、疫病といった社会不安を引き起こす災害の際に救済政策を行うものとされ、その原形は2700年前の西周時代に確立し、財を分かつ、遠征を控える、刑罰を緩める、労役を減免する、狩を解禁する、税を免ずる、儀式を減らす、歌舞音曲を控える、華美を控える、防犯などが挙げられた。先秦代には、すでに饑饉救済のため、富者から穀物を徴収し、貧者に配布するという制度が出現している。

疫病から発する国難に対しては古今東西同じで、2700年前から実施されている救済策に習い、富の分配(国家財産の分配)、減税(消費税等の軽減)、歳出の低減(無駄な事はしない)、そして全国民の安全・安心を守る。これだけであると歴史は教えている。(写真1)は西暦1493年にミハエル・ヴォルゲムートが黒死病の恐怖を描いた「死の舞踏」である。

■筆者プロフィール:工藤 和直
1953年、宮崎市生まれ。2004年1月より中国江蘇省蘇州市で蘇州住電装有限公司董事総経理として新会社を立上げ、2008年からは住友電装株式会社執行役員兼務。蘇州日商倶楽部(商工会)会長として、日中友好にも貢献してきた。

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