〈一帯一路実践談3〉1986年人類共通の文化遺産だ!キジル千仏洞

小島康誉    2020年2月8日(土) 16時20分

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1986年5月、敦煌・雲崗・龍門と並ぶ中国四大石窟のひとつ、天山山脈南麓クチヤ西方約70kmのキジル千仏洞を訪れた時の感動は忘れられない。

日中国交正常化の1972年宝石買付で中国初訪問。「一帯一路」の要衝である新疆へは1982年に訪れるも良質の宝石はなかった。トルファンからの帰り、突然の大雨で通行止め。工芸品公司の2時間に及ぶ交渉により貨物列車に特別乗車させてもらいウルムチ帰着。

この客中心の熱い心に打たれ、豊富な文化遺産に惹かれた。その後も新疆を訪れ、アンティークカーペットや玉などを買い付けた。1986年5月、敦煌・雲崗・龍門と並ぶ中国四大石窟のひとつ、天山山脈南麓クチヤ西方約70kmのキジル千仏洞を訪れた時の感動は忘れられない。クチャは対外開放されておらず「外国人旅行証」を取得しての参観だった。

ラピスラズリの青で描かれた釈尊の前世物語には圧倒された。日が暮れて道に迷う旅人に自らの手を燃やす釈尊、飢えた虎の親子にわが身を差し出す釈尊…。300ほどの石窟に、1万平方メートルもの膨大な壁画が残っている、3 ~7世紀に造営されたとの説明であった。石窟造営を発願した人たち、資金を提供した人たち、穿ち描いた人たち、仏の道を説いた人たち、修行した人たち…。風雪にたえ、異宗教にたえ盗掘にたえ、千数百年。今なお色鮮やかに残る人々の願い。「人類共通の文化遺産」と直感した。34年前の中国の辺境の辺境で生活も十分に賄えない中で、それらを保存しようと汗水を流す人たち。


(登るのも危険な梯子)

感動している筆者に、工芸品公司の王氏が「10万元を出してくれたら、専用窟を造ってあげよう」と冗談。当時の10万元は約450万円。しかし、二つの感動から筆者は「分った、出します。窟はいらない」と即答。彼は驚いた。私たちが大金のことを「1億円!」と表現するのと同じ感覚で、10万元と言ったのだ。ウルムチへの帰途2日間「冗談です。忘れてください」、「冗談は分かっている。しかし保護に使って」の繰り返し。彼はついに筆者の文化財保護精神を理解。「分かりました。盛さんが政府機関を紹介します」と。

盛さん(後に新疆文物局長)は新疆大学を卒業して、新疆文化庁に勤務したばかりで、案内というよりキジルを参観する外国人の見張りといった雰囲気で、会話を聞いているだけ。遺跡参観はもとより新疆を訪れる外国人は殆ど皆無であった。


(10万元領収書)

紹介された新疆文化庁文物処の韓翔処長も「なぜ?本当?真の目的は?」を繰り返した。簡単なメモにサインして帰国、しかし、振込先が中々来ない。新疆では外国からの初寄付申し出で、半信半疑、別の目的があるのではと、許可が得られなかったのだ。協力金を振り込んだのは10月末。当地の最高実力者である王恩茂前新疆党書記が承認したと後日聞いた。

■筆者プロフィール:小島康誉 1942年名古屋市生まれ。佛教大学卒。浄土宗僧侶、日中理解実践家。66年宝石専門店を起業し上場企業に育て上げ、96年創業30周年を機に退任。1982年より中国新疆を150回以上訪問し、世界的文化遺産保護研究・人材育成など国際協力を多数実践。佛教大学客員教授を歴任し現在、佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表、新疆ウイグル自治区政府文化顧問。編著『新疆世界文化遺産図鑑』『中国新疆36年国際協力実録』『21世紀は共生・国際協力の世紀 一帯一路実践談』など。日本「外務大臣表彰」・中国文化部「文化交流貢献賞」・中国人民対外友好協会「人民友好使者」ほか受賞多数。 ブログ「国献男子ほんわか日記」 書籍はこちら(amazon)

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