Record China

ヘッドライン:

文革時、「破四旧」運動によりどれだけの文化財が失われたか―中国メディア

配信日時:2013年10月9日(水) 0時11分
拡大
4日、網易歴史は、中国の文化大革命で多くの貴重な文化財が失われたことを取り上げた。資料写真。
(1/2枚)

2013年10月4日、網易歴史は、中国の文化大革命で多くの貴重な文化財が失われたことを取り上げた。

その他の写真

1966年8月、旧思想、旧文化、旧風俗、旧習慣を打破する「破四旧」と呼ばれる運動が展開され、あらゆる古文書、図書、書画などが紅衛兵の「革命」の対象となった。この運動により、多くの民家に代々伝わってきた家宝も一掃された。一部は博物館に収蔵されたものの、多くは消滅し、或いは民間や海外に流出していった。北京市で11万4000戸、上海で10万戸、全国で1000万戸余りの家が紅衛兵らによって荒らされた。没収された器、宝飾品、書画の数は計り知れない。

これらの文化財はどこへ行ったのだろうか。大多数は紅衛兵の活動中にその場で焼かれ、残ったものは博物館へ送られたり、「指導者」に強奪されたり、民間や海外へ流出した。北京で58年に行われた第1回文化財調査で保存されていたものは6843点あったが、うち4922点は破壊されており、その大部分は66年に被害に遭ったことが分かっている。

67年5月4日、中国共産党中央委員会は「無産階級が文化大革命中に保護した文化財図書についての意見書」を発表し、各地の廃品買い付け所は取得した文物を直ちに廃棄せず、現地の文化部署にて鑑定してから処理するよう求めた。

文革以降、全国各地で次々と文化財返還政策が打ち出された。上海を例にとると、80年10月に、中国共産党上海市委員会は「市の文化財部門から『文化大革命』期間に持ち去った文化財、工芸品、図書は全て市に返還すること。物品は確実な方法によって元の持ち主に返却する」と通知した。これは当時文物を没収された人びとにとっては間違いなく朗報だったが、残念なことに多くの場合、一度失われた「家宝」を探すことは不可能だった。(翻訳・編集/中原)

関連記事

<薄熙来判決>中国のジレンマ露わに=「一党支配下の自由競争」の矛盾も―中国研究第一人者遠藤誉氏が斬る

22日、中国の山東省済南市中級人民法院(地裁)は、元重慶市書記で中国共産党中央政治局委員だった薄熙来に対する判決を言い渡した。無期懲役という、想定範囲内の結果だ。中国研究の第一人者・遠藤誉氏が真相に迫った。

Record China
2013年9月22日 12時28分
続きを読む

ランキング