<コラム>韓国独特のある種のパワー

木口 政樹    2019年8月28日(水) 22時20分

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日韓対立の激化が静まらない。GSOMIAの破棄を宣言した韓国。韓国でも毎日このニュースで持ちきりの昨今であるが、これと並行してヂョ・グクという人物の話題がホットイシューになっている。ソウル大の教授である。写真はソウル大。

日韓対立の激化が静まらない。GSOMIA(ジーソミア)の破棄を宣言した韓国。韓国でも毎日このニュースで持ちきりであるが、これと並行してヂョ・グク(曹国)という人物の話題がホットイシューになっている。ヂョ(曹)が苗字でグク(国)が名前。1965年生まれの54歳。ソウル大の教授(法学)である。

何がニュースの種かというと、この人の不正に関する内容。新しい法務部長官(法務大臣)としての候補にあがっていて、そのための身上調査の過程で本人の不正というよりは、娘(ヂョ・ウォン)に関する不正がやり玉にあがっているのだ。

韓国では、大臣級の人事に関しては、国会で「聴聞会」を経なければならないことになっている。「聴聞会」、韓国語の発音ではチョンムンフェ。野党としては、推薦であがってきた何とか大臣候補に対して、完膚なきまで、つまり、ぼろぼろになるまでこき下ろす(弱点をあばく)ことが一つの使命となるわけである。こんな人間を法務大臣として推薦するような与党(プラス青瓦台=大統領府)なんだよ、国民の皆さんよ。よく見て置いてくださいよ、というわけだ。

ヂョ・グク氏の聴聞会はまだ開かれていない。開かれるまでに野党としては諸々の情報を集めておかなければならない。その過程で、娘ヂョ・ウォン氏の不正がまずは表に出てきた格好である。不正は何個もあるのだが、その中でも一等級なのは、高校生のときに、ある大学の医学部の教授らとの共同研究の論文があるのだが、その第一著者として論文が提出されているとうもの。この論文によって高麗大学(韓国の大学トップ3の一)に入っているようだ。この子、高校の時は医学とは程遠い文科系のクラスに所属していた。なのに医学論文の第一著者だと。

こういう不正、つまり自分の子を、ある論文の著者として名前をアップする不正はいままでにもたくさん(韓国では)あったし、今もあるし、今後もあるだろう。これを書いている筆者も大学教授であるので、所属の大学から学期がはじまるときには常にメールが来る。「自分の子どもを論文の著者に登録するような不正はやるな」というメール。うちの大学に限らず教授といわれる連中は皆こんなメールをもらっているはずだ。

それでも不正をするやつは不正をする。問題なのは、ヂョ・グクという人間が、法学の教授であり、こういう不正はいけませんよ、と今までにテレビ、ラジオ、その他であまりにも多く講演してきていること。マスクもカッコよく、堂々たる体躯だ。女性連を中心に、多くのファンがいる。

「娘の論文に関するニュースは、フェイクニュースだ、嘘だ」とヂョ・グク氏は叫んでいる。「一日もはやく聴聞会を開いてほしい。そこですべてを明らかにするから」と。聴聞会が開かれて、そこにヂョ・グク氏が登場し、野党から完膚なきまでにこき下ろされても、韓国の場合、「そういうことはあるかもしれないけれど、法務部長官としてはこの人が今一番の適任だ」とこの人でいくという大統領の鶴の一声で長官になってしまえるということがあって、これがまたかなりの問題だ。だったらなんで国会という場で、あんなに一生懸命、個人の正・不正を侃侃諤諤(かんかんがくがく)と議論していたのか。あれに何の意味があったのか。大統領の一声で、そんな議論など全くなかったかのようにポンとサイン一つで決めてしまうんだったら。

なので今、ヂョ・グク氏と青瓦台と与党は、国会・聴聞会の場にヂョ・グク氏を座らせることだけを考えている状況であり、野党らは、聴聞会が開かれると、どんなに不正があばかれても結局は大統領の一声で長官任命が決まってしまうので、聴聞会に出る前に全ての不正をあばいて公にし、国民の追い風をバックに聴聞会に出る資格もなしと断罪すること。このオーエス・オーエスが火急の真っ只中にあるため、GSOMIAの破棄や「NO安倍」はちょーっと陰に隠れている状況である。

ところでヂョ・グク氏は娘の不正報道はフェイクだと言っている。だからはやく聴聞会を開いてほしいと。そこで己の家庭の無実を公明正大に述べるのだと。この人がどうなろうと筆者のかかわるところは何もないが、はたして野党らの徹底した追及の手から逃れられるのか。書いている筆者が心配になってくるほどだ。なぜか。人の不正を暴くことにおいては、こちらの人はこれ以上やれないほどの徹底さがあるため。

日本はどうだろうか。なんとか大臣の任命のときに、国会で一人一人聴聞会ってやるんだろうか。(筆者の記憶では、やってないはずだけれど)この部分、日本と韓国とで大きくちがう点だ。韓国の場合、青瓦台からある候補があがると、野党らはその人物について徹底的に調査にはいる。前回書いたようになんとか大臣だけじゃなくて、検察庁長官などもこの聴聞会の対象である。聴聞会に呼ばれると、あることないこと、全て暴かれるので、韓国では長官になれる人はいない、といったジョークがときどきささやかれるほど。あの徹底した調査に遭ったら、不正や誤魔化しなどのホコリが出てこない人間は一人もいないだろうと思われるからだ。

おもな不正は、上述したような、自分の子どもたちを論文の著者リストに入れることなどからはじまって、土地の不正買収(情報を前もって不正に知って買いしめる)、マンションの不正購入、学歴詐称、論文改竄や論文の捏造、などなど。その他、筆者も知らないことがたくさんあって、筆者の頭で理解しているだけのことをいちおう例としてあげたのがこれらだ。

日本の大臣たちも、こうした不正のない人間はいないと思う。誰だって、たたけばほこりは出てくるのが相場だ。しかし、日本では一応たたくことはあるけれど、韓国みたいに徹底していないから、任命されたら、野党らの「ちぇっ」というくらいの反応はありながらも、大体はその通りにことが運んでいくのではないだろうか。

一方、こちら韓国。一人の人間を俎上(そじょう)に載せて調査に入ると、それはものすごいシビアでスパルタ。徹底的。本人も知らないような不正が出てきたりもするくらいだ。この、徹底的に調べ上げるという態度はどこから来るのだろうか。その源泉が他の国とちがうのは、おそらく、密偵や親日派暴きなどにその淵源があると筆者は考えている。

密偵とは何か。韓国で使われるこの単語は、日帝時代(1910年から1945年までの日本の植民地時代)にまでさかのぼる。韓国の地に土足で入ってきた日本が、やり放題のことをした時代。その時代に、日本の側のスパイとなって、独立運動を主導するような人物たちの情報を秘密裏に日本に教えていた人間(韓国人)のことである。もちろん、日本が大金をはたいて飼いならしていた連中である。日本からの独立運動をした人たちは数千、数万、数十万という数字だと思うが、おもだった人間は、数百といった単位だったのではないだろうか。

今年は韓国が日本に主権を奪われて、上海のほうに臨時政府を樹立してちょうど100年目にあたるので、テレビでも毎日「独立の義士」たちの話が1分から5分くらいの絵として流されている。コマーシャルのないKBSで1日に数回の割合で、独立の義士の話が流れている。ここに出てくる人は、今年末までの1年間に数十人という単位になると思われる。こういった人々(独立の義士)は、ほとんどが日本警察(憲兵)によって捉えられ、獄死を遂げるのが一般的だった。もちろん、最後まで(というのは1945年8月15日までということ)捕まらずに生き延びた人もいる。が、大部分の独立の義士たちは捕まっている。密偵ゆえのことであろう。側近として仕える部下の中に必ずといってよいほど、密偵がうごめいていたそうである。

また親日派(チンイルパ)。これも日帝時代に、日本のやることに賛同して協力的で協調的な行動をとった人たちだ。日本から見ればもちろん「いい人」になるわけだけれど、韓国から見ればおぞましい人となるわけだ。

そして現在、当時密偵だった人を暴く作業と、チンイルパだった人を暴くことが、韓国の一大事業となっている。おもにこの作業は、ノムヒョンのときから表立って進められてきていて、現在もなお、進行形である。当時密偵で、今も生きている人も例外的にはいるかもしれないが、だいたいは、その子孫たちがターゲットになるわけである。ときどき、国立墓地(クンニプミョージ)に、堂々と墓碑が立てられていたのだけれど、実はチンイルパだったということが判明してしまい、急遽、墓地から撤去されるという出来事、事件などもニュースに流れる。国立墓地は日本で言えばさしずめ靖国神社に相当しようか。戦争で犠牲になった人たちがここに行けることになっている。今でも軍隊にいって、何らかの事故でなくなっても、国立墓地にいくことになっている。国立墓地は、韓国の聖地であるゆえ、ここにチンイルパやその子孫が眠ることは絶対の禁なのである。

当時の記録を一つ一つあたって、この人は確かに密偵だったとか、チンイルパだったと証拠とともに明らかにすることって、想像したらすぐわかるけれど容易くできることではない。というより、ほとんど不可能に近い作業じゃないのかと筆者には思われるくらいだ。なのに一生懸命にやっている。こちらの人たちは。それくらいにして、あとは水に流そうよ、という発想は日本の発想かもしれない。こちらでは、それくらいにして、という考え自体、ないといっていい。特にこの密偵およびチンイルパに関することとなると。あくまでも、何年、何十年、何百年かかっても、暴くべきはあばく、というのがカンナムスタイルならぬ韓国スタイルだ。この伝統というか習慣が色濃く残っているために、聴聞会などでの調査は、他の国では考えられないくらい徹底したものとなっているのではないのか。それが筆者の見立てである。

この間も、韓国の人なら全員が愛する韓国の国歌「愛国歌(エーグッカ)」があるのだけれど、その作曲家がチンイルパだったというニュースがいっとき流れていた。たしか今年の初め頃だったと記憶する。そのときは、すぐにでも国歌を変えなければならないという気流であった。しかしいつのまにかその話はなくなり、今もあの「愛国歌」を皆が歌っている。フェイクニュースだったのか、あるいはあまりにも「愛国歌」の浸透度が大きいためいまさら変えられないと多くの国民が考えているのか。ことの真相はわからない。

が、一つだけ言えることは、密偵およびチンイルパ暴きという作業は、想像を絶するほどのエナジーおよび金が消耗されているということ。これをやっている間は、おもしろくて生産的で、みんながわくわくするような光り輝くものって、生まれてこないのではないかと筆者は思っている。もちろん筆者のこの見立てがまちがっているかもしれない。でも、このことのゆえ、意識がいつも負の方向にいってしまっているということだけは、動かしがたい事実だと思うのだ。

■筆者プロフィール:木口 政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。

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