<コラム>王の墓に最後に登った日本人

配信日時:2019年7月1日(月) 22時40分
<コラム>王の墓に最後に登った日本人
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慶州はは知る人ぞ知るシンラ(新羅)千年の都である。シンラはもちろんシラギのことである。新羅はBC57~AD935年まで続いた韓国の国。始祖のバク・ヒョッコセ(朴赫居世)から56代の王が続いたという。写真は慶州の古墳群。
キョンジュ(慶州)はわたしのかみさんの故郷。「慶州」と漢字で書くが、日本式で発音すると「けいしゅう」となる。韓国語の「キョンジュ」の音もいいが、日本式の「ケイシュウ」もなかなかの響きだ。

ここは知る人ぞ知るシンラ(新羅)千年の都である。シンラはもちろんシラギのことである。新羅はBC57~AD935年まで続いた韓国の国。始祖のバク・ヒョッコセ(朴赫居世)から56代の王が続いたという。

キョンジュは新羅の首都であったにふさわしく、王の墓が何基もある。それこそいたるところにボコボコあるといっても決して嘘ではない。とくにファンナムドン(皇南洞)といわれるところには集中して多い。

かみさんの故郷がここファンナムドンなのである。慶州市皇南洞。実家のすぐ近くにワンヌン(王陵、王の墓)がゴロゴロある。なかでもチョンマチョン(天馬塚)といわれる古墳が有名だ。ここは墓の内部まで発掘が完了している古墳(こういう古墳は少ない)で、地下の中心部に天を飛び交う天馬の絵が描かれていたところからこの名がある。

今はチョンマチョン公園となって、入り口から中に入るのも有料で管理は厳しくなされているが、かみさんが幼いころは、ここが子どもたちのよき遊び場だったそうだ。天下一品、天下一級の古墳、学術的にも絵画的にも絶大な価値があり貴重なこの文化遺産が、かみさんの遊び場であったとは。歴史の町、歴史が息づいている町ケイシュウであればこその話であろう。

わたしたちが結婚し、彼女の家で過ごしている間(つまり30年も前のことだけれど)、これらのワンヌンにいつも足を運んだ。高さが5メートルから7メートルほどもあろうか。チョンマチョン公園のなかにはいくつもこうしたワンヌンがあり、われわれが足を運んだのもチョンマチョン以外のワンヌンである。

あるワンヌンは盛り上がりの斜面がでこぼこしていたり、ものすごく急だったりする。なかに双子のワンヌンと呼ばれるものがあった。なだらかで芝生がたっぷり生えていて、王と王妃の古墳なのか盛り上がりがふた続きになっているので、その間の陰のほうの斜面にいるとだれからも見えない角度があった。ここでわたしたち二人は横になって、歌を歌ったり流れ行く雲を見たり小鳥のさえずりを聞いたりして過ごした。ほほとほほを合わせることもあったか。無上のハニーでフルーツフルな時間であった。

チョンマチョンからはちょっと離れるが、バンウォルソン(半月城)に行く途中に、この界隈ではいちばん高くていちばん急なワンヌンがあった。登る途中でコケたりしたらちょっと危ないかな、と思うほどの急斜面だ。かみさんは、恐いし足も痛いし、登らないという。しかたなくわたし一人で登ってみた。頂上から見おろすと、小高い山のてっぺんにいるようだ。高くて気分爽快。「お山の大将、われ一人」とか「ヤッホー」とかの声がひとりでに出てきた。飛んだり跳ねたり奇声を発したりしてからおりてくる。足の下には、古代の王様が眠っていることも忘れて、わたしは毎日ここに登った。ふたこぶラクダのようといったらいいか、象さんの背中といったらいいか、上に登っても平べったくなっていて、飛んだり跳ねたり歩いたりできるので、何時間いてもあきることがない。このワンヌンがなんでふたコブのようになっているのかは、だれにもわからないのであった。

それから一年後、かみさんの実家に行ったとき、またこのふたこぶラクダのワンヌンに登るつもりでやってきたのだが、廻りに柵が設けられていて接近さえもできない状態になっていた。保護の次元から柵囲いされたもののようだが、残念しごくだ。しかしまた、こうも思った。このワンヌンに登った最後の人間がわたしだ。運がよかったんだと。少なくとも最後に登った日本人は、わたしであることは100%まちがいない事実であろう。この思いによって、わたしの心が大きく慰められたのは言うまでもない。

前述の新羅の始祖バク・ヒョッコセ。韓国の歴史書『三国史記』によればBC69年、卵から生まれたとされる。朴と言う姓を名乗った理由は、卵が朴(バク、大きいウリのこと)のような形だったことから生じたと言う。ヒョッコセという名前は、明るく世の中を治めるという意味を持っている。AD4年に空に舞い上がっていったとされている。新羅王としての在位はBC57年からAD4年まで。伝説的人物であるけれど、お墓もちゃんとあるから不思議だ。

■筆者プロフィール:木口 政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。
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