日中両国が協力して人類的な課題に取り組む―松尾清一(名古屋大学総長)

配信日時:2019年5月31日(金) 11時30分
<インタビュー>日中両国が協力して人類的な課題に取り組む―松尾清一
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21世紀に入ってからの日本人のノーベル賞の受賞者(外国籍を含む)は18人で、毎年1人のペースである。特に名古屋大学からは6人の受賞者を輩出している。中国人留学生の数も多く、日中の大学間の交流も盛んな同大学に、松尾清一総長を訪ね、お話をお伺いした。
21世紀に入ってからの日本人のノーベル賞の受賞者(外国籍を含む)は18人で、毎年1人のペースである。特に名古屋大学からは6人の受賞者を輩出している。名古屋大学には他にはない何か特別な環境があるのだろうか。中国人留学生の数も多く、日中の大学間の交流も盛んな同大学に、松尾清一総長を訪ね、お話をお伺いした。(聞き手は人民日報海外版日本月刊編集長・蒋豊) 

<戦後の自由闊達な雰囲気の中で>

――名古屋大学からは6人のノーベル賞受賞者を輩出されていますが、それぞれのご功績を簡単に教えてください。

松尾:簡単に説明しますと、まず、2001年に化学賞を受賞された野依良治先生ですが、物を合成するときには必ず「光学異性体」といって、右手と左手の関係に譬えられる対称的な2つのものが同時にできます。片方が薬になり、片方は毒になるという関係で、これを選択的につくることは不可能だと言われていました。しかし、野依先生は、選択的につくる方法を発見され、それまでの常識を覆されたのです。

2008年には一気に3人の受賞者が出ました。そのうちのお1人、化学賞の下村脩先生の業績は、オワンクラゲから紫外線を当てると緑色に発行するGFP(緑色蛍光タンパク質)を生成して世に出したことです。これは今、医学・生物学の世界では、タンパク質の動きを追いかける道具として最も広く使われ、なくてはならないものになっています。

それから、物理学賞の益川敏英・小林誠両先生ですが、素粒子の世界で一番基礎になるクォークという分子が6種類あることを1970年代に予言されていました。21世紀に入ってからは、それが実証されてきたのですが、このお2人は30年も前に予言されていたということです。

直近では、2014年に物理学賞を受賞された赤崎勇先生と天野浩先生による青色LEDの発明です。この青色が発明されたことによって、白い発光ができるようになりました。それで一挙に世界が明るくなったということです。これも基礎研究が本当に実社会で非常に役に立ったという、好例です。

――名古屋大学は、なぜこれほど多くの受賞者を輩出できたのでしょうか。

松尾:名古屋大学は、旧帝国大学の中では一番新しい大学(1939年創立)になりますが、創立は戦争が激化していく頃で、人もいない、お金もないという状況のまま1945年8月に敗戦の日を迎えました。ですから、大学の関係者は戦後、大変な苦労をして、日本中から優秀な若手の先生たちを招聘したのです。その方々が、上下関係のない非常に自由闊達な雰囲気の下で研究をされました。その頃にそうした自由な雰囲気ができたことが、後にノーベル賞受賞者を輩出する一番大きな要因だったと思います。

<中国人科学者の受賞は時間の問題>

――中国からの留学生が多いと聞いています。中国人留学生にどのようなことを期待していますか。

松尾:2018年度に中国から名古屋大学に来られた留学生は1246名です。全留学生の半分近くになります。名古屋大学は、中国のトップ20に入る大学のうち14の大学と大学間協定を結んでいます。私は6年間かけて、そのうちの11校を訪問しましたが、科学技術に関しては、今ではお互いになくてはならない関係になっています。

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