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<羅針盤>日本の美しい季節、スピードだけでない「余韻」を楽しみたい―立石信雄オムロン元会長

配信日時:2019年5月12日(日) 5時0分
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美しい新緑の季節が到来した。樹々の緑が一段と濃さを増す瑞々しい。この季節になると懐かしく思い出すことがある。
昔、仕事に追われ世界を懸け巡っていた時、帰国して息抜きに小旅行を楽しんだ。新幹線に乗ったのち、在来線に乗り換えて風景や風情を満喫した。今でもそうであるが、新幹線の移動では、車窓から見る間近の風景はあっという間に消え去り、まるでそのスピードを感じさせる対象物でしかありえない。空気の澄みきった冬の空にそびえ立ち、雪を頂いた大きな富士山はさすがに堂々とし、その美しい出で立ちを誇らしく見せてくれるのは、一時(いっとき)の清涼剤である。
 
そういう時期、在来線に乗り、日帰りで軽井沢に行く機会あった。仕事を兼ねていたとはいえ、軽井沢というだけで何か心が躍り、車窓から見える田園風景や、新緑に覆われた美しいアルプスの山々がゆっくりと流れていくのを見ていると、なにか心が和み、つい隣の人に話しかけたい気持ちになるのが不思議である。

車窓からの風景や、車内の語らいを楽しんでいるうちに横川の駅に着いた。いっせいに走ってあの有名な「峠の釜めし」を買い急ぐ人たちのざわめく姿が一段落し、ふと眺めると、線路のむこうの石垣に整然とへばりついて咲いている深紅のバラがあった。駅の真ん中には駅員さんが手ずから思いのままに植えたのだろう、バラが美しく咲き、駅員さんの優しい気持ちが伝わってくる。

郷愁を感じさせる古めかしい駅舎をあとに走り始めた列車に心をこめて深々と頭を下げる売り子さんの姿など、すべてが忙しさにかまけて忘れかけていた日本の美しさ、良さを思い起こさせてくれ、スピードを競う新幹線では味わえない楽しさである。
 
わが国の経済も戦後の混乱から立ち直って以来、欧米に追い付け追い越せでモーレツに突っ走ってきた。ここまで来られたのも、資源に恵まれない中で、日本人の勤勉さと自由貿易体制をフルに享受しえたからであるが、片や肥満体質になり多くの問題を抱えてしまったのも事実である。

移動する時間を縮めスピードを追い求めるのは、決して悪いことではないが、それ故に忘れ去られていく真の日本の優れた資源(日本人、風景、風習、伝統など)が生み出す余韻を楽しむ余地ぐらいを残しながらの成長も必要である。

今、中国の高速鉄道は急速に発展し、2018年末現在の路線長は2万9000kmに達しているとのこと。日本の新幹線の総距離(ミニ新幹線を含む)約3000キロの10倍だ。最高時速350キロ北京―上海間1300キロをわずか4時間半で結ぶ。かつては蒸気機関車で20時間余りもかかっていたから隔世の感がある。東北地方でも瀋陽から長春までの300キロ余りをおよそ1時間で駆け抜ける。この区間はかつては6時間以上もかかったというから、すさまじい進歩である。

中国の面積は日本の14倍にも及び広大だけに、高速鉄道は不可欠な重要インフラ。高速道路と並び経済発展の必須ツールとなろうが、将来中国の人々が在来線を懐かしく感じることがあるだろうか。
<羅針盤篇㊶>


■筆者プロフィール:立石信雄
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。SAM「The Taylor Key Award」受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。
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