中国の「水爆の父」、于敏氏が死去

人民網日本語版    2019年1月17日(木) 18時20分

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中国国防科学技術事業の改革発展の重要な推進者、改革の先駆者である于敏氏が16日、北京市で亡くなった。

中国国防科学技術事業の改革発展の重要な推進者、改革の先駆者である于敏氏が16日、北京市で亡くなった。享年93歳。

于氏は北京大学卒で、有名物理学者の銭三強氏、彭桓武氏によって中国科学院近代物理研究所に配属された。于氏は協力者と原子核相関構造モデルを打ち出し、中国の原子核理論の空白を埋めた。于氏は1961年より28年間にわたる匿名による水爆理論模索任務を開始し、中国の水爆実験を成功させた。中国の科学技術における独自革新力の向上、国防力の強化に創造的な貢献を成し遂げた。1999年9月18日には、中央軍事委員会による「両弾一星(原爆・水爆・人工衛星)」の開発に際立つ貢献を成し遂げた科学技術専門家の表彰式にて、「両弾一星功労褒章」を授与された。2015年1月9日には2014年度国家最高科技賞を受賞。2018年に開かれた改革開放40周年記念大会にて、党中央と国務院は于氏ら100人に改革先鋒の称号を授与することを決定し、改革先鋒褒章を授与した。(編集YF)

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