日本人観光客も昔はマナー違反していた、改善には数十年かかる―中国メディア

人民網日本語版    2018年10月20日(土) 8時20分

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ここ数年、海外を訪れる中国人観光客が急増し、海外でのマイナス面に関する報道がしばしばみられ、「マナーのよい」日本人観光客とわざわざ比較するものもある。写真は北京国際旅行博覧会。

ここ数年、海外を訪れる中国人観光客が急増し、海外でのマイナス面に関する報道がしばしばみられ、「マナーのよい」日本人観光客とわざわざ比較するものもある。だが、日本経済新聞は、日本人観光客のマナーが向上したのは最近のことに過ぎないとの見方を示す。日本語の「観光摩擦」という言葉は、観光客が海外で文化的な差異や個人的なマナーの問題により、現地の文化に受け入れられなかったり、住民と衝突したりすることを指す。興味深いのは、これがもともとは日本人自身を表す言葉だったことだ。環球時報が伝えた。

■「やりたい放題の新しい野蛮人」

日本人観光客が海外に行くようになったのは1960年代のことだ。64年に東京五輪が開催されると、日本政府は国民の海外旅行制限を撤廃し、ハワイやアラスカなどのリゾート地が日本人に一番人気のある旅行先になった。だが、当時の海外旅行は非常に高額で、ハワイ9日間の団体ツアーが36万もし、当時の国家公務員の初任給の19倍だった。よって制限が撤廃されても、64年の出国者数はのべ12万8000人にとどまり、海外土産といえば洋酒、タバコ、高級な香水が中心だった。その後、日本観光振興協会などの業界団体がツアーを組み、サービスを打ち出したおかげで、出国者数は69年にのべ49万人に増加した。

初めて外国に出かけた日本人の旅は決して順調ではなかった。日本の風俗習慣や生活習慣が西側諸国と異なるため、文化的な衝突は自然避けられないものとなった。

欧州を旅行する日本人に最も多く寄せられたのはマナーに関する批判だった。スリッパでホテルの廊下やロビーを歩き回る、だらしない格好でホテルの朝食会場に現れる。こうした日本人にとっては大した問題ではないような細かい点を、欧州の人々は受け入れなかった。今年70歳になる高山さんは、80年代に欧州旅行に出かけた日本人を振り返り、「日本人の中には酒を飲むのが好きで、飲むと飛行機の中で大声で卑猥なことをしゃべるという傍若無人なふるまいをし、酒の勢いを借りてキャビンアテンダントにセクハラをする人もいた。レストランではナイフやフォークがうまく使えず、無理矢理はしを持ってこさせることもあれば、ベッドは慣れないからと、布団を床に敷いて寝る人もいた」と話した。80年代の米誌「タイム」は日本人を「世界各地の観光スポットでやりたい放題の新しい野蛮人」と評した。

70-80年代に、日本経済は高度成長を遂げ、国民の所得は大幅に増加した。特に80年代に入ると、バブル時代に突入し、国力も国民経済も大きく膨らんだ。このあたりから、日本人の海外旅行先はハワイ、アラスカ、エジプトなどの風景や名所に魅力がある国・地域から、欧州などの経済が発達し、消費水準の高いエリアへと移り変わった。旅行の目的も単なる観光やレジャーから観光と消費の両立へと変わった。50代の吉村さんは当時を振り返り、「84年に会社の旅行でパリに行った時のこと、大勢の日本人がパリのブランド店に押し寄せ、ブランド品を買いあさる姿はまるでバーゲンセールのようだった。周りにいる外国人は目を見開いて、なんとも言えない表情で日本人を見ていた」と語った。

当時の日本では海外旅行が一種のブームであり、若い人も結婚すると海外へハネムーンに行くのが一般的だった。だが、海外のハネムーンには高い費用がかかり、若い人は見栄を張りたがることから、ハネムーンのために借金を背負い、ハネムーン中にけんかになる人も少なくなく、離婚に至るケースも珍しくなかった。いわゆる「成田離婚」だ。成田は成田国際空港のことで、海外から帰ってきて飛行機を降りてすぐ離婚するという意味だ。

当時の日本人海外観光客で最も高い消費力を持つのは、なんといっても財力のある中年層だった。現在の「中国のおばさんたち」と同じく、当時は日本の中年女性が海外での大量買いの中心層だった。彼女たちはグループで出かけ、海外のあらゆる場所でひたすら買い物することを最大の楽しみとしていた。90年には日本の歌手・嘉門達夫がこうした現象からヒントを得て「無敵の日本海外旅行」という曲を作った。海外旅行する日本人のイメージを誇張して歌ったものだが、誇張とはいえない部分もある。たとえば「ブランド品の店の前に 群れを作って買い漁る」という歌詞は、フランスのルイ・ヴィトンの店に長い行列を作ってバッグを買う日本人、米国ニューヨークのティファニーでネックレスを買いあさる日本人の姿をそのまま映している。堀田かつひこの4コマ漫画「オバタリアン」も、日本の中年女性の辺り構わず買い物に没頭する様子を戯画化している。

■改善には数十年かかる

90年代以降、日本人の海外でのマナー違反の振る舞いや「観光摩擦」が表面化し、世論から政府に至るまで、海外旅行は「人数の増加」から「質の向上」への転換が叫ばれるようになった。90年12月には、日本人の海外観光客がのべ1000万人を突破。すると日経新聞は社説の中で、(海外へ出かける日本人は)卑屈になる必要はないが、相手国の風俗、習慣、マナーを重んじる観光客にならなければならないと呼びかけた。また、同協会も観光客のマナー向上の手引きを発行し、すべての旅行会社と海外に出かける日本人に無料で配布した。日本メディアもマナー違反行為への批判のトーンを強めた。

日経新聞によると、日本人観光客のマナー違反行為の改善にはさまざまな手段が「一斉に採用」されたが、それでも改善には20-30年の時間がかかった。日本の海外旅行のマナーが改善したのは、90年代中後期以降、バブル経済が崩壊して日本全体が衰退したことと関係があるという人もいる。バルブ経済が崩壊して、日本人が海外で大量買いをする経済力と浮かれた気持ちを失い、大幅に切り詰めざるを得なくなったことは確かだ。(提供/人民網日本語版・編集/KS)

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