<コラム>日本の精神は中国の儒学に影響を受けた

配信日時:2018年8月26日(日) 14時50分
日本の精神は中国の儒学に影響を受けた
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江戸時代には徳川家康が日本の精神として中国の儒学をその根幹として採用し、約270校の藩校を全国につくり、1万6千以上の手習所や寺子屋を作った。資料写真。
江戸時代には徳川家康が日本の精神として中国の儒学をその根幹として採用し、昌平坂学問所を頂点に、弘道館、明倫堂(細井平洲)、閑谷学校(最古の庶民学校)、時習館などの約270校の藩校を全国につくり、また、藤樹書院、咸宜園、適塾、松下村塾などの私塾を合わせると1万6千以上の手習所や寺子屋を作った。

この内容は、「文字の読み書き」「手紙文・漢文」「漢文素読」「算盤(そろばん)」「裁縫・生け花・茶の湯」「武術(主として士族向け)」であった。江戸末期までに現存する教科書だけでも7000種類以上が発行された。これらの教育は一対一の対面教育が基本であった。当時はこうした教育は義務教育ではなく、そうした法律もなかった。また、教科書は貸与が基本で、中には100年以上も使われていた物もあった。昌平坂学問所・藩校は基本、士族のみであったが、昌平坂学問所含め士族以外も入学できる柔軟さをもっていた。昌平坂学問所は後に東京大学となった。

基本的な教科書は、「庭訓往来・消息往来(基本の読書)」「商売往来(商い用語)」「百姓往来(農業用語)」「国尽・東海道往来(地理・地名)」「番匠往来(建築用語)」「塵劫記(算法統宗を訳した算術書)」「江戸往来(江戸の生活)」である。さらに進むと、「三字教」「実語経」「童子経」「千字問」といった物もあった。

上級のレベルでは、「孝経」「四書五経(論語・大学・中庸・孟子)」「唐詩選など、漢文・漢詩・国学など多様」といった教科書が使われた。このあたりになると、当然、大日本史(水戸学)、日本外史(頼山陽)、中朝事実(山鹿素行)などが出てくる(公式なものほど漢文になる)。

日本が欧米列強の侵略を受けなかった一つの理由として、こうした日本人の知的水準のレベルの高さがあった。特に、この孝経と論語は毎朝、朗読し、暗記していた。こうした習慣は戦前まで、「読み書き算盤」の「読み」として、3歳から子どもに暗記させていた。戦争に負けて、この「読み」だけが、幼児教育から削除され、暗記教育が排斥されてしまったのは残念である。この孝経と論語は知識ではなく、物事の善悪判断をする上でのスプレッドシートであり、これを暗記することによって、字が読める年頃になると、倫理的行動の規範の役割を果たしていた。

このようにして江戸時代には人材育成に力を入れていて、江戸時代の教科書である「菜根譚」にこういった言葉がある。「径路窄(せま)き処は、一歩を留(と)めて人の行くに与え、滋味濃(こまや)かなるものは、三分を減じて人の嗜(たしな)むに譲る。これはこれ、世を渉る一の極楽法なり」。

これは、「狭い小道では、他人に一歩を譲り、美味しい物は腹七分で満足して三分を他人に分け与えるのが、世の中を楽に楽しく生きて行く秘密の方法である」という意味である。

「江戸しぐさ」はなかったという意見を聞くが、江戸時代の人はこうしたことを勉強していた。こうした取り決めとか、ルールは読めば当たり前のことだが、日常誰もが時としてないがしろにしてしまう。まだ字が読めない子どもの頃から、四書五経の一冊である「大学」を暗記していれば、大人になってから自然と口から出てくる。そのようにして、昔の人は自らを戒めていた。それが本来の修身で、知識ではない、人間が学ばなければならない本質的な知恵を体得していた。今あらためて、日本人がこうした過去の遺産を学ぶ必要がありそうだ。

■筆者プロフィール:海野恵一
1948年生まれ。東京大学経済学部卒業後、30年にわたり、ITシステム導入や海外展開による組織変革の手法について日本企業にコンサルティングを行う。現在はグローバルリーダー育成のために、海野塾を主宰し、英語で、世界の政治、経済、外交、軍事を教えている。
※掲載している内容はコラムニスト個人の見解であり、弊社の立場や意見を代表するものではありません。
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  • ato***** | (2018/08/26 15:00)

    >江戸時代には徳川家康が日本の精神として中国の儒学をその根幹として 儒学には〈男尊女卑〉や『下のものは上のものに逆らってはいけない』という〈身分制度〉がある。戦国時代の〈下克上〉を一掃するのに都合が良かったのだろう。しかし西洋学問に接すると、儒学から下克上に逆戻りして、幕府も藩も潰してしまった。中国が列強に負けたのも、儒学のせいで人材が育たなかったからではないか。
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