日本人の謝罪、罪の意識からではなく恥から―華字紙

配信日時:2018年7月27日(金) 22時50分
日本人の謝罪、罪の意識からではなく恥から
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25日、日本の華字紙・中文導報はこのほど、日本人の謝罪は、罪の意識からではなく、周囲の人々に対する恥の意識から出るものだと伝えている。資料写真。
2018年7月25日、日本の華字紙・中文導報はこのほど、日本人の謝罪は、罪の意識からではなく、周囲の人々に対する恥の意識から出るものだと伝えている。以下はその概要。

不祥事の記者会見と言えば「申し訳ありません」や「ご迷惑をおかけしました」を繰り返すのが定番だ。だがこうしたシーンから日本と中国の違いを垣間見ることができる。

中国でも似たような場面はあるが、「道徳的な裁きも法的な裁きも虚心で受け入れる所存です」と言うのが定番だ。だが日本人の謝罪では「道徳」の2文字を聞くことは少ない。

その一方で強く意識されるのが「恥」だ。幕末の思想家の吉田松陰は「君子は徳義なきを恥ぢ、小人は名誉なきを恥づ。君子は才能なきを恥ぢ、小人は官禄なきを恥づ」と説いた。

日本人は、中国から儒教の道徳観念を輸入した際、礼や智、信、忠、節は大いに重視したが、儒教の最も中心的な徳とされる仁と義はあまり重視されなかった。当時の情勢や儒教とはまったく異なる神道の影響があったためだ。

日本人の謝罪は罪の意識よりも恥が優先されるが、その恥は道徳的な責任感から生まれるのではなく、周囲の人々に対して迷惑をかけたり、恥じ入ったりすることから生まれる。

そうした事情から、中国人が「日本民族は小礼を守るだけで、大義がない」「日本人はうわべだけだ」と評するのもあながち的外れではない。(翻訳・編集/岡田)
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