揺らぐ戦後秩序、『“西洋”の終わり』が現実に=トランプ「米国ファースト」と習近平「中国の夢」が加速

八牧浩行    2018年6月22日(金) 5時0分

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第2次大戦後に民主主義と分権化された社会システムを主導してきた「西洋」といわれる国々の理念が、大きく揺らいでいる。「自国第一」を掲げるトランプ政権の登場や「中華の夢の復興」を目標とする中国の台頭により加速している。資料写真。

英紙エコノミストの元編集長で国際ジャーナリストのビル・エモットの新著『「西洋」の終わり』によると、第2次大戦後に民主主義と分権化された社会システムを主導してきた「西洋」といわれる国々の理念が、大きく揺らいでいる。「自国第一」を掲げるトランプ政権の登場や「中華の夢の復興」を目標とする中国の台頭により加速している。

エモット氏が言う「西洋」とは、開放性・民主主義・平等性などの理念で成功してきた国」と定義される。米国で「自国第一主義」や保護主義を推進するトランプ政権が誕生、英国は欧州連合(EU)離脱を決定した。中国やロシアに代表される強権的な国家がアジア、中東、南米、アフリカなどで増えている。北朝鮮の核開発問題をめぐる米朝中韓などによる「劇場型駆け引き」も、戦後秩序激変のあらわれと見ることもできる。各国でポピュリズム(大衆迎合主義)が強まっていることも背景で、世界を支えてきた普遍的な理念が脅かされている。

◆米国が秩序を破壊

深刻なのは戦後の秩序をつくり主導してきた米国がその秩序を破壊していること。エモット氏は「米国が国際秩序の維持に関わらなければ、ロシアや中国など民主主義体制とは異なる勢力が増大しかねない。国連や世界銀行、世界貿易機関(WTO)など法を順守する今の国際秩序を損なう恐れがある」と警告する。

現在世界を覆っているのはポピュリズムであり、強権的な国家の増加である。水島治郎千葉大教授は、20世紀型組織・権威の凋落とも言える現象が見られ、21世紀には中間の「無組織層」が大幅に増加し、経済、政治、社会、メディア、教育現場など多方面で中抜き現象が広がっていると分析。「ポピュリズムとは民主主義に内在する矛盾を端的に示すもの」と結論づけている。ポピュリズム伸長の背景として、(1)冷静の終結と左右対立の変容(2)既成政党や既成団体の弱体化(3)産業構造の転換とグローバル化、移民の増加、欧州統合の進展―など「20世紀型政治の終焉」が挙げられるという。

◆“覇権”を賭けた米中の攻防が激化

 

「西欧の終わり」が進む世界で台頭しているのが、「中華民族の偉大な復興」スローガンを掲げる中国。冷戦が終結した後、「唯一の超大国」として君臨してきた米国との経済、軍事両面で将来の覇権を賭けた攻防が激化している。

国際通貨基金(IMF)によると、中国の国内総生産(GDP)は2014年に、実態に近い購買力平価(PPP)で米国を追い抜き、世界1位になった。世界銀行は実質GDPでも十年以内に拮抗すると予想。消費市場としても実質世界一であり、多くの国にとって貿易相手国のトップを占める。米国、欧州、韓国、東南アジア諸国なども中国のパワーを無視できない。中国の改革開放以来の驚異的な急成長を前に、シンガポール、ベトナム、フィリピン、カンボジアなど中国型の強権的国家モデルを目指す開発途上国が増加している。

人工知能(AI)やロボット、フィンテック(金融技術)、情報技術(IT)など次世代産業を左右するビッグデータ分野で、米国と中国が覇を競っている。インターネットの閲覧や買い物履歴など経済のデジタル化が進行。世界最大14億人の人口を有する中国では、アリババの電子決済サービス「アリペイ」とテンセントの「ウィーチャットペイ」のユーザー数は計十数億人。アリペイは毎秒数千件もの決済情報をサーバーに蓄積する。データを集めれば、それだけ人工知能(AI)の性能を高められる。

 

米国は、一党独裁の中国が個人のデータ情報を国民監視や治安維持の道具に使っていると批判。米国は中国からの輸入品への高関税付加や中国企業の米IT企業買収を阻止し始めた。米中間の経済摩擦が激化している。中国側は「グーグルなど米国企業もブラックボックスであり、膨大なデータを米政府も活用している」と応酬。アジア、中近東、中南米などの途上国では、米中IT企業の激しい戦いが展開されている。

中国は16年の軍事費で2位。米国の3分の1の規模だが、1990年比で約10倍に増え、軍事大国になった。一つの弾道ミサイルに複数の核弾頭を載せて、複数の都市を同時に攻撃する多弾頭弾も持つとされる。

◆東アジア激変 在韓米軍縮小・撤退も

シンガポールで6月12日に開かれた史上初の米朝首脳会談では、「北朝鮮の非核化」は実質的な進展がほとんど見られなかった。しかしトランプ大統領と金正恩委員長は握手し微笑み合い、数カ月前までは戦争の瀬戸際と言われた朝鮮半島のリスクが大きく後退した。

トランプ氏は米朝首脳会談後の記者会見で将来の在韓米軍の縮小・撤退に言及。巨額の経費がかかる米軍を遠く離れた極東に駐留させることは、「米国第一主義」を標榜し、大幅財政・貿易赤字の削減を目指すトランプ政権にとってはコスト削減の対象となる。

トランプ米大統領が打ち出した米韓軍事演習の中止や在韓米軍の将来的な縮小・撤退方針は日本の防衛政策に多大な影響を与える。在韓米軍は北朝鮮に加え、中国、ロシアにもにらみを利かせてきた。在韓米軍は陸軍を中心に約2万8千人が駐留、在日米軍とともに東アジアの安全保障の「要(かなめ)」を担う。撤退や縮小で米軍の影響力が低下すれば、中国の存在感が増大するのは否めない。日本政府筋は「朝鮮半島での米軍の抑止力がなくなった場合、これまで北緯38度線にあった防衛ラインが南下して日本が対中国の最前線に立つことになる」と警戒している。

◆G7分裂 中露印加盟のSCOが存在感

歴史的な米朝首脳会談と同じ六月上旬にカナダで開催されたのが主要7カ国(G7)首脳会議(シャルルボワ・サミット)。「トランプ大統領の「米国第一」に翻弄され分裂の危機に立たされた。保護貿易主義を推進する米国と、保護主義に反対する他の六カ国との対立が目立ち、G7は「6プラス1」に分裂した格好となった。このままでは世界的な貿易戦争につながり、経済成長を阻害してしまう。

一方、G7サミットの足並みの乱れを尻目に、中国やロシア、インド、パキスタンなど8カ国で構成する上海協力機構(SCO)の首脳会議がG7サミットと同時期に、中国・青島で開催された。習近平中国国家主席やプーチン・ロシア大統領、モディ・インド首相らが出席。「いかなる貿易保護主義にも反対する」との共同文書を採択した。SCOは反保護主義を掲げ、亀裂が深まるG7への対抗軸として、国際的な影響力を強めつつある。SCO加盟国の経済規模は世界の20%、人口は40%に達している。

◆「西洋の終わり」にとどめ

朝鮮半島について、リスクは大幅に低下する方向にあるが、中長期的には、東アジアにおいて米国の軍事的なプレゼンスに依存する状況が大きく変化することに留意しなければならない。これは日本、韓国、北朝鮮、中国など東アジア全体の安全保障に甚大な影響を与え、「西洋の終わり」現象にとどめを刺す大変動をもたらすだろう。(八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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