社会に入り込んだ「精神日本人」をどう扱うか―中国コラム

Record China    2018年5月16日(水) 15時50分

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15日、環球時報は、「公共の視野に入り込んできた『精神日本人』をどう扱うべきか」とする、復旦大学国際関係・公共事務学院の瀋逸・副教授によるコラム記事を掲載した。資料写真。

2018年5月15日、環球時報は、「公共の視野に入り込んできた『精神日本人』をどう扱うべきか」とする、復旦大学国際関係・公共事務学院の瀋逸(シェン・イー)副教授によるコラム記事を掲載した。以下はその概要。

「精神日本人」というネットスラングの最も基本的な意味は「生理的にも社会的にも法的にも日本人とは何のつながりもないのに、精神面で自らを日本人と設定する」という共通の特徴を持った個人のことだろう。この言葉の発生には、帝国主義時代の日本が対外拡張する際に、支配地域の市民に対してとった強引な日本人化政策と密接に関わっている。

現在、「精神日本人」現象がクローズアップされたのは、「精神日本人」がネット空間を利用して個人の趣味の範囲を越え、公共の視野に入り込み始めるとともに、中国社会に存在する共通の価値観を過激に挑発しているからだ。その背景は非常に複雑で、改革開放初期の経済格差による文化的なインパクト、経済成長中における国への正しいアイディンティティ形成に対する軽視、歴史虚無主義などへの有効な対処不足などが大きな要因になっている。

「精神日本人」現象は、文化が全面的に開放され、かつ情報が断片化する社会環境において、民族アイデンティティの欠如により自らを見失うという現象の発生を防がなければならないことを教えてくれている。ガバナンスでは理性的な観点から出発し、法規制を含めた許容ラインを設け、こういった行為を公共の場で発生させたり、経済や社会への影響力を持たせないようにすべきだ。

そしてまた、今の教育体系が大きな試練を迎えていることも意味する。われわれは特に、レッテル化やキャンペーン化による対処を避けつつ、落ち着きながらも速やかに対策を講じなければならない。とりわけ大切なのは、日本文化や日本製品を好む普通の市民を巻き込んで、彼らを極端な方向へと進ませてはならないということだ。(翻訳・編集/川尻

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