失われた北京原人頭蓋骨の所在に手がかり=秦皇島の駐車場地下に埋まっている?―中国

Record China    2012年3月27日(火) 10時22分

拡大

26日、新華網によると、中国と南アフリカの研究者が科学雑誌『サウスアフリカン・ジャーナル・オブ・サイエンス』に、行方不明になっている北京原人の頭蓋骨の手がかりをつかんだと発表した。写真は北京原人の頭蓋骨。

(1 / 8 枚)

2012年3月26日、新華網によると、中国と南アフリカの研究者が科学雑誌『サウスアフリカン・ジャーナル・オブ・サイエンス』に、行方不明になっている北京原人の頭蓋骨の手がかりをつかんだと発表した。

その他の写真

1929年、50万年前の北京原人の完全な頭蓋骨が発掘された。太平洋戦争勃発前、化石保護のため骨は北京から米軍海兵隊に引き渡された。海兵隊は同年12月に秦皇島へ移動したが、真珠湾攻撃後、日本軍が北京や天津の米兵を捕虜にし、戦乱の中で原人の頭蓋骨は行方不明になっていた。

南アフリカ・ウィットウォーターズランド大学のリー・バージャー教授と、中国科学院古脊椎動物・古人類研究所の中国人研究者2名は、第二次大戦当時、海兵隊員だったリチャード・ボーエン氏に聞き取りを行った。

ボーエン氏は秦皇島の「キャンプ・ホルコム」で戦闘に加わり、防空壕を掘っている時に木箱に入った北京原人の骨を掘り出したという。当時木箱は銃の台座代わりに使われ、その後ボーエン氏は捕虜となった。戦闘後、木箱は元の場所に埋められた可能性が高いという。記憶を元に調査した結果、当時のキャンプ・ホルコムは秦皇島繁華街の駐車場になっていることがわかった。

リー教授らによると、ボーエン氏は北京原人の頭蓋骨を最後に目撃した人物で、その証言は「最も信頼できる」として、北京原人の頭蓋骨が河北省秦皇島の駐車場の地中に埋まっていると推測している。(翻訳・編集/岡本悠馬)

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携