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<特集>中国・韓国の国交回復秘話(4)

配信日時:2007年2月19日(月) 0時27分
<特集>中国・韓国の国交回復秘話(4)
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北朝鮮は、これから自主的に、社会主義国を維持し、発展させていくつもりです。
1992年4月、金日成国家主席80歳の祝賀行事のため、中国の楊(ヤン)国家主席は、平壌を訪れた。そのとき楊氏は「現在、韓国と国交回復することを考えているが、中国は、いつも通り、朝鮮半島統一を応援する」と明言した。これに対し金日成主席は「現在、朝鮮半島は微妙で不安定な時期に入っている。中国は、韓国、そして北朝鮮とアメリカとの調整を行ってほしい。中国は、その件(韓国との国交を回復)について、どうかゆっくり話を進めてほしい」と答えたという。

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一方、韓国の李相玉外相は1992年4月、ある国際会議に参加するため、中国北京を訪れ、中国外相銭其※(王ヘンに深のツクリ)との会談を行ない、中国と韓国は副大臣、次官レベルの代表を派遣して、早めに北京、ソウルでの次回会談を行なうことを取り決めた。当時の資料によると、その秘密会談は、5月に北京で行なわれたが、その時、韓国側からソウルでの会談は行なわないように申し入れたという。ソウルでは極秘会談が発覚しやすいためだ。そして、中国側の会談の場所は中国のホテルの第14号ビルが選ばれた。韓国の代表団の中国入りは、第3国を経由し、直接中国へ向かうことは避けた。1回目、2回目と、このホテルの中で全ての話し合いが行われた。会談は6月にかけ行なわれた。おおむねスムーズに進んだのだが、やはり焦点となる韓国、北朝鮮、台湾の国交に関する問題は難しく、第3回目の会談がソウルで行なわれることになった。そして、ソウルでの会談においてと韓国は台湾との国交を断絶に同意した。

ついに、国交回復の調印文書の内容も決まり、発表日時も決まった。中国と韓国は国交回復について、北朝鮮の了承を得なければならない。中国の元外相銭其※(王ヘンに深のツクリ)の話によると、1992年7月、中国外相と楊国家主席がアフリカ訪問を終えて帰国した際、江沢民総書記は、北京の人民大会堂で彼らを出迎えた。そして江沢民氏は、楊氏と外相との3人で、韓国との国交回復に際して北朝鮮に見せる最大限の配慮についての打ち合わせを行った。その結果、中国の外相を平壌に派遣し、金日成主席に事情を説明することにした。

3日後、銭外相は軍隊の専用飛行機で平壌入りした。銭外相の自伝回想録には、こう綴られている。「北朝鮮側が、我々の立場を理解するかどうか。金主席とは会うことを約束していたが、私たちが通達する内容は、彼らにとっては突然のことだ。彼らがどんなリアクションをするのか、専用機の中で、私はずっと不安だった。そして飛行機は平壌国際空港に到着した。中国の代表らが北朝鮮入りするときは、毎回歓迎の式典を用意してくれるのだが、今回は、飛行機は普段とは違う静かな場所に着陸した。出迎えに来たのは金永南外相のみ。握手と挨拶を済ませると、彼は、金日成は別荘にいるのでこれからヘリコプターで移動する、と言い、我々を機内に促した。中には小さな机が用意され、私と金永南は向かい合わせに、他の幹部達は両側に並んで座った。ヘリコプターには冷房がついていない。真夏のヘリの中は、蒸篭の中のように暑かった。しばらくすると我々は、大きな湖のほとりに着陸した。同行している中国幹部はよく事情を知っていて、この別荘は金日成が夏になると毎年避暑に訪れる所だと言った。ヘリを降りてから我々は、別荘の中のある建物の一室で待機していた。午前11時、別の大きな建物に案内された。金日成主席はホールの真ん中で待っていた。中国代表団は順番に握手。大きな会談席に出迎えられた。金日成主席に向かい、外相が、まず江沢民総書記からの挨拶を伝えた。そしてトウ小平、共産党中央委員会を代表して、金日成国家主席に敬意を表した。外相はその後、こう述べた。

『総書記の話では、現在、中国共産党と、北朝鮮労働党の関係は、非常に良い方向に向かっている。しかし、現在、国際情勢は不安定であり、いつでも変化が激しく訪れる。中国では、現在の時間を大事にして、友好的かつ有利な国際関係を築き、中国を発展させて行きたい。中国共産党、北朝鮮労働党、そして中国と北朝鮮がこれからさらにお互いを尊重し、理解を深め、友好関係を深く発展させ、築いていくことが重要である。ところで、中国と韓国の関係については、現在が国交回復のチャンスであり、一番いいタイミングだと考えている。北朝鮮、金日成国家主席のご理解とご協力を頂きたい。両国はともに、伝統的な友好関係をさらに深め、中国も社会主義北朝鮮を発展させたい、そして朝鮮半島を統一することに協力したい』と。

金日成主席が、その言葉を聞いて、言葉を発するまでには時間があった。しばらくたって、金主席は『江沢民総書記の伝言、よくわかりました。私たちは、中国の進める、独立した外交政策を理解します。北朝鮮はこれからも中国との友好関係を持ち続け、発展していきたい。私たちは、これから自主的に、社会主義国を維持し、発展させていくつもりです』と述べた。
そして金主席は、会談の最後、中国の外相に中国、トウ小平、そして中国共産党中央委員会の皆さんによろしくと述べた。

別れ際、金日成主席は石の玉の彫刻などの中国から持ってきたお土産を眺めていた。中国外相は回想録の中で、こう語っている。「今回の金日成国家主席との会談は、私の経験した中国代表団との接見の記憶の中では、最も短い時間だった。会談後の宴会、晩餐会もなかった。北朝鮮の金永南外相が我々と一緒に昼ごはんを食べて、ヘリで平壌へ戻っただけだった。国際空港でも、すぐに飛行機に乗り込み、その日のうちに北京へ到着した。北京空港に着いたときは午後5時。外相はすぐに車で中南海へ向かい、江沢民総書記の事務室へ入った。総書記は外相を待っていた。外相は江沢民総書記に、会談の様子を報告した。

1992年8月23日、ソウルにある台湾大使館は撤収された。

1992年8月24日午前9時、中国銭其※(王ヘンに深のツクリ)外相と韓国の・李相玉外相が、北京市内のホテルで中国と韓国の国交回復宣言を行った。中国と韓国のテレビ局は、これを全世界に生中継で報道。ついに国交回復が成し遂げられた。
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