<コラム>「最初から日本が大好きだった」日本で念願の夢を叶えた中国人シェフの想い

配信日時:2018年3月27日(火) 21時50分
「最初から日本が大好きだった」日本で夢を叶えた中国人シェフの想い
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今からさかのぼること10年。当時の私は、北京の和食レストランでシェフとして働いていました。私と日本とのかかわりは、ここから始まりました。写真は筆者提供。
「今からさかのぼること10年。当時の私は、北京の和食レストランでシェフとして働いていました。私と日本とのかかわりは、ここから始まりました」。そう語るのは、中華料理店「凡記 西安肉夾●(ボンキ シーアンロージャーモー、●=食へんに「莫」)池袋本店」のオーナー李凡(りぼん)さんだ。

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李さんは続ける。「初めて北京の和食レストランに見習いとして入店した時は驚きの連続でした。日本人シェフの先輩たちは、調理も緻密、常に衛生を徹底し、見えないお客様に対する気配りも欠かさなかった。今は中国でもそういう意識の高いシェフが増えてきていますが、当時の私には非常に衝撃的でした。また、日本人シェフの先輩方は、私がわかるまで丁寧に優しく仕事を教えてくれました。私はそこで、和食調理以外にも、料理人として大切なことを沢山学びました」。

では、そんな李さんが日本に来ることになった転機とは何だろうか?

「ちょうど当時、妻の親戚が日本に住んでいまして、『日本のある中華レストランがシェフを探しているから日本に来ないか?』という誘いを受けました」。

李さんにとっては、それが初めての海外渡航だったわけですよね?不安はなかったですか?

「それがまったく。むしろ、日本への渡航が決まった時は本当に嬉しくて夜眠れないほどでした。2年間、北京の和食レストランに勤めた私は、結局、日本渡航後、本職である中華料理のシェフに戻ることになるのですが、あの2年間は、人生の中でも“最高”と言える経験をさせてもらいました。日本人の同僚たち、日本人のお客様、皆さん本当に良い方ばかりで、私は日本や日本人のことが大好きになってしまったのですから」。

その後、李さんはどういう経緯でお店を開くことになったのですか?

「日本に来た私は一心不乱に働きました。来日してから数年後、コツコツと貯めたお金を元手に浅草近郊で中華料理店を開業しました。そして、都内に小さなマンションですが、ようやく夢のマイホームを購入することができました」。

話だけ聞くと、本当に大成功ですね!李さん自身、成功の秘訣は何だったと思いますか?

「とにかく日本人のお客様に喜んでもらおうと、お客様目線でのサービス、料理の提供に取り組んできた結果だと思います。結果は自然とついてきました。それらは全て、あの2年間の和食レストランで私が学んだことです」。

そして去年、ようやく念願だった故郷・西安の料理店を池袋にオープンさせましたね。

「私自身、故郷の西安を愛していますし、故郷の西安料理には、肉夾●(ロージャーモー)、涼皮(リャンピー)、油溌麺(ヨーポーミェン)など、中国の人々に愛される有名なメニューがたくさんあります。ですが、まだまだ日本では知られていない現状を見て、私の大好きな日本の人々に、私の故郷の美味しい料理を食べていただきたいと思ったんです」。

確かに、日本では広東・福建料理などがメジャーな料理で、最近は東北・四川料理も増えてきましたが、西安料理と聞くと、まだまだ日本人には馴染みの薄い料理です。

「日本とかかわることで、私の人生は大きく変わりました。だから、今後は大好きな日本と、食を通じて“日中友好”を促進していきたい」。

色々な日中友好の形がある。今回、俺は改めてそれを李さんの姿から学んだ。「ご馳走様、美味しかったよ!」そう言って嬉し気に店をあとにする日本人客を見ながら、一食から生まれる「日中友好」の大切さを垣間見た気がした。

■筆者プロフィール:ゆーちゃん(渋谷汪子)
大好きだった三国志に触発され中国留学を決意。数年の北京生活を経て、中国という国の魅力にドハマりする。自身が代表を勤める「JMU」は日本最大の中国語コミュニティの1つ。
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