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<特集>中国・韓国の国交回復秘話(2)

配信日時:2007年2月15日(木) 0時46分
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トウ小平はある談話の中で「中国と韓国の国交回復は必要である。狙いは、1つは経済面で、貿易が出来ること。2つめは、韓国と台湾の関係を中断させ、台湾を孤立させることだ」と述べた。

トウ小平が推奨して呼びかけた改革開放以後の方針によると、中国政府は経済を中心とする発展をめざしていた。外交戦略としては、中国の経済発展のために、積極的に海外諸国と交流を図り、友好関係を築き上げることで、国際舞台に立つことを目指した。

1983年8月、北京市は1990年第11回アジア競技大会を誘致し、アジアオリンピック委員会に2000年夏季オリンピックの招致を申し込んだ。そのとき、中国はアジアオリンピック委員会に、韓国を含む、すべてのアジア諸国を中国に受け入れると保障した。北朝鮮への配慮として、事前にその話が通告されている。

1985年4月、トウ小平はある談話の中で、中国・韓国の関係についてこう述べた。「中国と韓国の国交回復は必要である。狙いは、1つは経済面で、貿易が出来ること。2つめは、韓国と台湾の関係を中断させ、台湾を孤立させることだ」と。

1988年、中国と韓国との間で貿易が始まった。この年の中韓貿易総額は10億ドルを超えた。しかし、当時の取引はすべて香港経由だった。このルートではコストが掛かり過ぎ、貿易会社にとっても手間が大きかったため、直接交易したいとの声が大きくなった。しかしまだ国交がないので、中韓は民間による貿易センターの設置を考えた。

1989年後半、金日成主席が北京を訪れた時、中国の江沢民・新総書記は、このことについて話をしている。また1990年後半に、金日成主席が中国の瀋陽(シンヨウ)を訪れた時、江沢民総書記は再び会談し、貿易センターを設置する旨を正式に伝えた。金日成主席はその場で承諾したということだ。晴れて1991年春、中国と韓国の両国は北京とソウルに貿易センターを設置することになった。

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