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<コラム>一生に二度しか笑わなかった中国四大美人の一人「西施」

配信日時:2018年2月17日(土) 20時40分
一生に二度しか笑わなかった中国四大美人の一人「西施」
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霊岩山は蘇州城から西南15キロメートルにある標高182メートルの小高い岩山である。写真は筆者提供。
霊岩山は蘇州城から西南15キロメートルにある標高182メートルの小高い岩山である。古くは春秋時代、呉王・闔閭(在位紀元前514年〜496年)が霊岩山(姑蘇山)に「姑蘇台」を、その子夫差(在位紀元前495〜476年)は美女「西施」のため、この姑蘇台に「館娃宮」を設けた(写真1左が西施)。現在霊岩山と称する頂にある「姑蘇台山頂花園」は、館娃宮「御花園」の遺跡だとされており、中国に現存する最古の庭園でもある。山麓から正面山頂に見える霊岩塔(多宝仏塔)を目指して徒歩で40分程度である。

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観音洞は道に沿って山に登る途中にある。左に続く竹林を見ながら、かなり上り詰めた所に「落紅亭」と碑刻され建物が見える。山頂の霊岩山寺はまっすぐ登るが、左手に常にローソクが灯り線香が絶えないお堂がある。ここは紀元前494年会稽山で破れた越王「勾践」が監禁させられた洞窟である。勾践は囚われの身で、会稽からここ姑蘇霊岩山に連れて来られた。髪は伸び放題、裸足で馬の世話や掃除などの労働に従事し、夜はこの洞窟で寝るという有様である(写真2)。

呉王「夫差」といっしょに来た西施は、みすぼらしい越王「勾践」の有体を見て悲しみ、それを押し殺すかのように笑い顔をつくろったといわれる。いやみすぼらしい越王の姿を見て本当に笑ったのだという説もあるが、筆者が思うに「臥薪嘗胆」の嘗胆(胆をなめて会稽の恥を忘れず)である越王「勾践」は、その配下の范蠡が計画した「打倒呉国」を「くの一、西施」と承知で遂行中であった。西施はみすぼらしい姿の王を見て笑ったのでなく、呉王「夫差」はまんまと策に落ち、ここ霊岩山頂上に呉国の財を全て注ぎ込み、人心は呉王から離れ、「越王さま、計画はうまく行ってますよ」と言うのを、笑みで代弁したのでないかと想像する。この観音洞のことを、西施洞とも言う。

霊岩山頂御花園の奥に玩月池がある。西施はここで2度目の笑顔を作っている。西施は贅沢の粋を尽くした館娃宮で暮らしても決して喜びの日々はなかった。それは打倒呉国の密命を帯びている以外、ふるさと「越」をいつも思い、日夜思い悩む毎日であったからだ。呉王は「あなたの望みを何でもかなえてあげた、できないのは月をここに持ってくることだ、それ以外は何でもしてあげる」、西施は言う「どうしても月が欲しい」。悩んだ呉王夫差は臣下の進言で、この山頂に池を掘り麓から汲んで来た水を張って池とした。満月の夜、呉王は西施を連れて御花園にできた池に行き、「さあ、月を手にしよう」と池に映る月を両手で取るように促すと、風に揺れる小波に揺れる月が西施の手に入ったのだ。「王様ご覧ください、私の手の中で月(月と越も中国語では同じYue)が遊んでいますよ」と得意気に笑ったと言う。その後、玩月池(月をもてあそぶ池)と呼ぶようになった(写真3)。

古書によると館娃宮は「銅鈎玉欄、飾以珠玉」といわれるくらい銅のかぎと玉の欄干、数々の宝石で飾られた御殿であった。唐の詩人「白居易」は蘇州史刺として赴任し、ここ霊岩山で「娃宮ショウ(尸の下に行人偏と葉の草かんむりなし)廊尋已傾、硯池香渓欲平、二三月時但草緑、幾百年来空月明」と詠っている。「館娃宮にあった響ショウ廊を探したが、すでに壊れ硯池の香渓は消えようとしている。2、3月春のころ、草は緑になり幾百年も同じくむなしく月が照らしている」。この詩に出る「響ショウ廊」が、寺門右の霊岩塔と御花園を結ぶ梓の木で出きた長い廊下であった。この梓の木の下に大きな甕を一列に置き、女官が木靴で歩くとちょうど木琴の上を歩くのと同じく、美しい音色が奏でられるのである。呉王「夫差」はここまで粋を凝らした宮殿を造営したのだ。

白居易に先立つ百年前に詩人「李白」がここで詠ったのが、「蘇台覧古」である。白居易は李白の詩を十分に意識して作っている。李白は霊岩山を照らす月について「唯今惟有西江月、曽照呉王宮裏人:ただ今は、西江の月があるだけ、かつて照らす呉王宮殿の人(西施)」と月は西施の時代から今も空しく照らしていますよと詠い、それを意識した白居易は、李白の幾百年も同じく月は空しく照らしていると、さらに自分の時代にまで引っ張って来ている。この対句に時間の長さと霊岩山の変化のない様子が感じ取れる。そして白居易から1250年後の現在も、月は空しく玩月池を照らしているのだ。

霊岩山寺を出て坂を少し降り、右手に太湖がきれいに見える場所がある。そこに亀の形をした岩がある。ちょうど頭が太湖に飛び込もうとしている。子どもたちが登って馬に跨るような格好をしている。この亀石も同じく西施が上に登り、傘下を見下ろした岩といわれている(写真4)。

■筆者プロフィール:工藤 和直
1953年、宮崎市生まれ。2004年1月より中国江蘇省蘇州市で蘇州住電装有限公司董事総経理として新会社を立上げ、2008年からは住友電装株式会社執行役員兼務。蘇州日商倶楽部(商工会)会長として、日中友好にも貢献してきた。
※掲載している内容はコラムニスト個人の見解であり、弊社の立場や意見を代表するものではありません。
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